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当神社は、尼崎市の北東部、藻川と庄下川に挟まれた、 上坂部三丁目に鎮座されております。 地名の「坂部」は、近世江戸期〜明治二十二年の村名で、 当時に、お酒にかかわる場所であったので、「酒部」と 言われたという説と、中世に雀部(ささべ)氏のお寺があり、 それが変化して「さかべ」と呼ばれたとか、云われておりますが、 どちらとも考え難いのでは〜〜。よく解かっておりません。 主祭神 伊 狭 城 入 彦 尊(いさぎ いりひこ の みこと) (別名字、五 十 城 入 彦 尊) 阪神地区では珍しいご祭神です。 景行天皇の第十皇子で、ヤマトタケルノミコトの異母弟にあたります。 同じ「五十城入彦尊(いさぎいりひこのみこと)」を祭神とする 式内社として、愛知県岡崎市に「和志取(わしとり)神社」が あり、近くに五十城入彦尊の御陵墓があります。 しかし、何故、この尼崎の地に祀られているのかが分かりません。 当社の創始は不詳ですが、 延喜式(10世紀始めに編纂された法令集)の中の 神明帳にしるされた攝津の国川辺郡七座の第一の神社で、 市内で唯一の式内社です。 境内 拝殿、 御祭神額 拝殿内部です。 社号標石です。 尼崎市指定文化財となっています。 手水舎、震災で倒壊その後再建。 用済みとなり、拝殿前右側に保存されている狛犬、吽像です。 砂岩製で表面が風化しておりますが、なかなか立派なものです。 同じく狛犬阿像です。 五輪塔。境内に赤松円心の墓と伝えられる五輪塔があ。元弘の変(1333)の時、後醍醐天皇のために奮戦した人物。 |

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岡山県北に醍醐桜があるんですよ。
後醍醐天皇が通られたとか。雲海の見える高い地です。
五輪塔に静かに手あわせて・・・ポチ。
用済みの狛犬さん う〜ん なんとなくユーモラスにみえるんですが
不謹慎かな?
2010/11/22(月) 午後 9:52 [ たちさりびと ]
こちらでは珍しいご祭神ですね、初めて聞きます。
立派な狛犬なのに御用済みとは勿体ないですね。
円心は確か播磨の守護職だったかと思いますがここにも墓があったとは
歴史は面白いですね。
何時もながら神社仏閣に詳しくて頭が下がります。
ポチ☆
2010/11/23(火) 午後 2:20
標柱と鳥居が並んで建てられているところが変わっています。
用済みとされてしまった狛犬も
まだまだ現役でやっていけそうな眼光ですね〜。
2010/11/23(火) 午後 3:11
たたずまいが立派だと思ったら式内社だったのですね。
境内地など、何度も縮小されてきた経緯があるように見えますね。
2010/11/23(火) 午後 6:16
赤松円心の墓と伝えられる五輪塔に歴史を感じます。ポチ。
立派な狛犬さんも年代が古いのでしょうね。
2010/11/24(水) 午前 7:53
尼崎と攝津で突然思い出しました。
摂津の国は、堺辺りから神戸辺りまでの地域のようですね。
ヤマトタケルのミコトは、あっちもこっちも行っていますよね。
一緒に行ったかも知れませんね。
2010/11/25(木) 午後 8:30
五十狭城入彦尊(「狭」が入るかしら)を祀っている神社は、珍しいですね!式内社とは、その由緒が五十狭城入彦尊に関っているのでしょうね。興味深いです!傑作です。
2010/11/25(木) 午後 10:19
御用済みの狛犬さん?まだまだ活躍してくれそうですが。。。
青空の下での神社巡り、爽やかな風が境内を吹き抜けているようです^^
ポチポチポチ♪
2010/11/26(金) 午後 6:27
日本武尊の弟君ですか。岡崎なら、行けるかな。
こま犬、愛嬌が有りますね
2010/11/28(日) 午後 5:02
皆さん、コメントを頂き大変ありがとうございました。
個々にご返事が出来ず失礼をいたしますが、
これに懲りずに宜しくお願いします。
本当にありがとうございました。
2010/12/31(金) 午前 8:53