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顕宗仁賢神社(けんそうじんけんじんじゃ)のご紹介です



本社は、西区、押部谷町の東端、木津地区に鎮座されております。

当社の由緒は次のように伝えられております。

当社のご祭神は、第17代履仲天皇の孫、「億系(おおけ)」・「弘計(をけ)」の二王子、後の
顕宗天皇・仁賢天皇の二柱です。

二王子の父、「市辺押磐皇子(いちのべのおしつのみこと)」が皇位継承の紛争にまきこまれて
雄略天皇にほろぼされた為に難を避けて、この地の忍海部造細目(おしぬみべみやつこほそめ)の
家に丹波の小人(わらべ)と偽って使用人となった。

二王子は身分の明らかになるのを恐れ、唖の真似をして、火たき水くみ、草刈など炎暑、寒冷を
いとわず働いた。

やがて雄略天皇は亡くなられ、御子の清寧天皇が即位されたが、御子が無く、皇位を継ぐべき人を
探し求められました。

播磨の国司、伊与来目(いよのくるめ)小楯(こたて)が新嘗の供物を整えるために、たまたま
細目の家に来たところ、新家を建て祝宴をしていました。

この席で二王子は歌に託して身分を自ら明らかにされました。

これを聞いた小楯は里人を集めて大急ぎで仮宮を造り、二王子の御殿としました。

(これが柴垣宮の起源で当社の参道石段の両脇に柴垣を編んでその遺風を伝えられています。)

小楯は都にのぼり委細を奉上したところ、清寧天皇は大いに喜ばれ、すぐ二王子を都に迎えて
世継ぎとされました。

この二王子ゆかりの地に仁賢天皇十一年(498)九月二十三日勅を受けて当社が創建されました。

社殿、境内社、手水舎をはじめ、農村舞台、石造物にいたるまで、今年の四月に新築されました。


ご参考 :神戸市西区押部谷町木津569
     神戸電鉄 木津駅下車 北西に 5分

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