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本社は、西区、玉津町の西端、明石市との境界近くで、「枝吉(しきつ)城址」に鎮座されております。 当社の由緒碑には、 当神社の創建は、明石初代藩主、小笠原忠正公時代の元和五年(1619)に、社領田 三反歩が寄進され、元和七年(1621)明石郡林崎庄吉田村に「神本大明神」として祭祀されたことに始まる。 遡れば、この鎮守の森の城山は、弥生時代の「吉田遺跡」であり、中世から近世への過渡期には、枝吉城があり、神社の境内地は城主明石氏の館跡で、周辺には武士や商人がそれぞれ堀を持つ居を構えた由緒ある史跡地である。 明治七年には、村社に列せられ「神本(こうもと)神社」と称せられた。 本殿の裏側を登ったところが、枝吉(しきつ)城址で、近畿地方で最古の弥生時代遺跡とされている播磨吉田遺跡碑があります。 また、境内の右には、吉田郷土館と「王塚古墳の模型」、「家形石棺」等がありますが、これ等は別に詳しくご紹介します。 ご参考 :神戸市西区玉津町枝吉四丁目7−2
JR明石駅 神姫バス 西神中央駅行き 吉田下車 西へ 5分 |

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