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当神社は、明石市の東部、大蔵本町、国道2号線の南側に鎮座されております。 当社の創祀は、推古天皇の頃、朝鮮半島から鉄人が約8000人を率い来襲しましたが、 その討伐を命じられた伊予の国の「越智益躬」(おちのますみ)は、故郷の大山祇神 (おおやまづみのかみ)に祈ったところ、鉄人が明石に着いた時、稲妻と共に大山祇神が 姿を現し、鉄人の弱点の足の裏を射よと告げた。 これに驚いた鉄人を越智益躬(おちのますみ)が矢で射殺した 越智益躬(おちのますみ)は、大山祇神に感謝し、この地に大山祇神社を勧請したと伝えられて おります。 楼門の裏側の蛙又(かえるまた)は、名工、左甚五郎の手による、素盞鳴尊(すさのおのみこと) の八岐大蛇の退治する作品とされています。 左甚五郎はこの播磨(明石市)で文禄三年(1594)に生まれた、宮大工、伊丹利勝の別名とされております。四国に墓があり、子孫の方が見えるようです。 正面の疑灰岩の石段には多数の盃状穴があります。また、両脇の燈籠の右側に一個の盃状穴があり、灯明油の跡が黒く付いています。 阿側の狛犬がうれしそうに笑っているのですが〜〜。楽しいですね。 北側の入り口には、小振りの、「柊」(ヒイラギ)が白い小さな花を咲かせています。 ヒイラギはモクセイ科モクセイ属で、とてもいい香りを放っています。 もし何処かでヒイラギに出会ったら、まず香りを楽しんでみて下さい。 参考 :明石市大蔵本町6番10号 JR山陽線人丸前駅 下車 南に100m、国道2号線沿い南側
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