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当神社は、明石の東部海岸沿いの材木町に鎮座されております。 当社の由緒は、社伝によると、143年(成務天皇13年)6月15日に成務天皇の勅命により、淡路島の 岩屋の石屋神社(いわやじんじゃ)より御祭神を勧請して創建されたと伝えられております。 創建以来、稲爪神社と並んで東播磨地域の古大社として人々の厚い崇拝を受けてきました。 特に明石城の産土神として尊ばれ、例年藩主自らが岩屋神社を参拝していたと伝えられています。 元文二年(1737)には藩主・松平直常の世継ぎ松平直純が「鎧始めの儀」の際に当社に参拝し、 以後、世継ぎの鎧始めの儀の際には当社への参拝が慣例となったといわれております。 当社の夏祭りの、毎年年7月第3日曜日には、御皇神を淡路島の石屋(いわや)神社から勧請する際の故事にちなんだ「おしゃたか祭」が行われています。 「おしゃたか」とは明石の方言の「おじゃったかなぁ」がなまったもので、「神さまがいらっしゃったか」という意味だそうです。 祭りでは、祭神6柱と、お供のおしゃたか舟(全長約2m)9隻を持った氏子の青年らが舟を立ち泳ぎで頭上高く掲げ「オシャタカー」と唱え、前に進めて渡御式を行います。 これは、海難防止と豊漁を祈願する祭だそうで、明石市無形民俗文化財に指定されています。 拝殿の渡り廊下には、小さい舟形手水鉢があり、これに盃状穴が穿がかれております。 また、境内の燈籠、外参道の常夜灯にも、盃状穴がありますが、共に灯明が焚かれた黒い跡があります。昭和の代まで、現宮司様が、奉納された灯明油と藺草(いぐさ)の芯で点けておられたそうです。 当社のすぐ北側に、「ふなまち」という小さな玉子焼のお店があります。 以前にこのブログの「yumepapa」さんから紹介して頂き、行ってきました。 寒風の中、外での待ち時間は大変ですが、初めて食べる味は流石に美味しくお客の多いのも納得しました。 ご参考 :明石市材木町8−10 JR・山陽電車「明石」駅 下車、 市営バス「樽屋町」 下車南へ徒歩3分
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