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本社は、西区、押部谷町の細田地区の明石川沿いに鎮座されており、押部谷町の12ヶ村と平野町の常本地区の総氏神となっています。 当社の創始は、孝謙天皇の天平勝宝六年(754)九月十三日、摂津の国、住吉神社から社家、 津守連(つもりのむらじ)が楯神、鉾神と共に神霊を元住吉山に勧請したのが始まりと伝えら れています。 その後、疫病が流行し、その上五穀が不穣が続き、村人らが御信託により、永禄二年(1559) 六月二十九日に現在の社地に奉遷しました。 天正七年(1579)六月二十五日、羽柴秀吉の三木城攻めの兵火」に遭い社殿を焼失したが、 正法四年(1647)社殿の復興が成り、再び本殿に遷座したそうです。 相殿に「気長足姫命(オキナガタラシメヒメノミコト)=神功皇后」を祀られているのは、懐妊中の皇后が、遠征の祭に当地に立ち寄り、河原(明石川)で身を清め「御子が真の皇子で神の子であれば、遠征の後、筑紫にて産ませ給え」と神に祈り、河原の岩を砕いて、帯の間に挟みこまれた。 この神功皇后の「産の岩」と云われる、安産岩が河原にあり、今も妊産婦の参詣があるそうです。 ご参考 :神戸市西区押部谷町細田302
市営地下鉄 西神中央駅 市バス 押部谷行き 住吉前 下車 すぐ |

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