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前日の気象予報では快晴とのことで、日の出の撮影と意気込んで走り出したところ、思い通りの撮影ポイントが無く、それでは、未だ参拝していない西宮市の北部、山口町にと方向転換したつもりが〜〜、 しばらくして・・頭上で爆音が轟きわたることに気付き、周囲を見渡せばなんと大阪空港!。 陽は高く昇り午前8時前、通勤ラッシュの渋滞の真っ只中に入り込んでしまった。 大変だと、うろつき始めて間もなく、うまく国道176号線に出会い脱出に成功、西方向に転換して暫らく走ると、右手に奇麗な神社が目に入った。 通り過ぎる訳にはいかず、参拝することにした。(当神社は数ヶ月先の「宝塚市の神社」でご紹介予定です) 丁度、子犬を連れて参拝の女性が、いぶかしげに私しを眺められたので、ご挨拶をかわしました。 そうしたら女性は、この神社のご本殿は文化財である事、また周辺には多くの神社・史跡があるなどの説明をしてくださった。 そして、「中山寺」はすぐ近くだ。ぜひお参りしなさいとのこと。 そうだ!!先日御紹介した「津門神社、明星池」の源氏満仲の子「美女丸」と身代わりになった「幸寿丸」の哀話にまつわるお寺だ。 (津門神社、http://blogs.yahoo.co.jp/dekunobou36/40363256.html) というわけで、お参りすることとなりました。 駄文をお読み戴きありがとうございました。 紫 雲 山 ・ 中 山 寺 西国二十四番札所中山寺略縁起としてこの様に書かれています。北摂の地に、紫の雲がたなびくといわれる中山寺は、聖徳太子の創建によるわが国最初の観音霊場です ご本尊は十一面観世音菩薩でインドの勝鬘夫人(しょうまんぶにん)の姿をうつした尊像と伝えられて います。 草創以来、千四百年に及ぶ歴史を誇る中山寺は多くの物語でかざられ、世に名高い謡曲「満仲」や 歌舞伎「菅原伝授手習鑑」(すがわらでんじゅてならいかがみ)は、平安中期に多田源氏満仲の信護 をうけた時代の、当山にまつわる、 '''美女丸・幸寿丸の哀話''' から創作されたものです。 中山寺は代々皇室の崇信も篤く、安産祈願本邦随一の霊場として源頼朝をはじめ武家・庶民より深く 信仰され、ことに豊臣秀吉は当山に祈願して秀頼を授かり、秀吉亡き後秀頼は伽藍を再建しました。 これが現在の伽藍です。 幕末、明治天皇御平産祈願のこともあって、いよいよ霊徳を高めました。 山門から本堂に向かう石段には、何と、エスカレーターが設置されていて、元気な私も利用させて頂きました。 本堂左脇に、「安産御手洗鉢」がありますこの手水鉢は、神功皇后との戦いに敗れて湖中に身を投じた、忍熊王の遺体を納めた石棺(舟形石棺) といわれ貴重な考古資料とされています。 中世以降、どんな難産の人でもご本尊・十一面観世音菩薩に祈願をこめて、この手水鉢で身を洗い、 清めると、安産うたがいなしとの伝承が生まれ、「安産の手水鉢」といわれるようになったそうです。 社額もなく御祭神が分からず、案内所などで尋ね、いろいろ調べて頂きましたが不明、帰ってから調べましたら、中山寺の山内七福神の一つで、恵比寿さまが祭られているそうです。 当山が、西国、関西七福神の寿老人担当寺院だそうです。 お寺の中の神社は、どことも奇麗に管理されておられますね。 境内に、「コバノミツバツツジ」が早くも数輪咲いていました。
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