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西宮市、山口町、公智神社(くちじんじゃ、又は、こうちじんじゃ))のご紹介です。


御 鎮 座 地

当神社は、西宮市の北端、山口町の西部の下山口に鎮座されております。

前紹介の、丸山から西方向に約1kmの所で、少し南には、小学校、中学校、支所等があり、昔より山口の中心地でもありました。

また、神社の前を南北に走る道路は、鉄道線路の跡地で、太平洋戦争の際、この山間地から出征兵士を運ぶために敷設されたもので、多くの男子が当社を拝礼しつつ戦地に赴きました。

御  由  緒

当社は延喜式内社で、御祭神は木の祖神「久久能智神」、創立年月日は不詳ながら、孝元天皇の皇子大彦命の後裔久々智民族が山口荘内の最も適当な丘を選び氏神として木の祖神である久久能智神を奉祀したのが始まりとされています。

その後大化三年(647年)に、孝徳天皇が有馬温泉に行幸せられた際、御滞在の行宮造営の御用材を当神社地よりお採りになり、その良好なことを喜ばれ「功地山」(功ある山の意)の山名を賜わり、当社を厚く崇敬祈願されました。

又貞観年中に「健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと」「奇稲田姫命(くしいなだひめのみと)」の二神を配祀して以来、祇園牛頭天王又は天王宮と称されました。

その後現今の社地に遷座されますが、社伝によると「堀河天皇の御代、承徳元年(1097)の大洪水によって有馬温泉が潰泉した頃、霊夢ありて移遷す」とあります。

御 祭 神 の 「久久能智神 くくのちのかみ 」


「久久能智神 くくのちのかみ 」は木の神様といわれています。

この神を祭られている神社は全国で約19社とされ、兵庫県では当社のみで、また、近県でも東大阪の「須波麻神社」、三重県多気の「大杉神社」とごく少ないとされています。
木の神様という事で、境内には、京都の木材関係の献木の碑などがあります。

神  輿  殿

当社の境内に入るとまず、拝殿右側の入母屋造り茅葺きの建物が目を引きます。

建立年代は不詳ですが、室町末期と推定され、元は釈迦堂であったようで、明治以降に神輿殿と呼ばれるようになったそうです。(詳しくは説明立て札を拡大してご覧下さい)

この建物は、古社の雰囲気が漂う絶好の佇まいを感じさせており、いつまでも保存を願うものですが、文化財補助とかは少なく、神社・氏子の負担が大きいのが現状のようです。

手水鉢と盃状穴

当社の手水鉢は、舟形自然石ですが、刻銘は元禄三年(1690)九月三日、 山口庄兵衛尉正信
(丸山城主、山口五郎左衛門の子孫)寄進とあります。

また、この手水鉢には2個の盃状穴がみられます。

境内には樹木の化石が〜

境内には数多くの化石木が置かれていますが、これはメタセコイヤの化石で「珪化木(けいかぼく)」と云われるもので、当社の社叢から出土した物で、現在もまだ埋まっているのを見ることができます。
本殿の右側、境内末社「禊稲荷社」の裏をのぞくと化石の残存部が出ています。


ご参考 :西宮市山口町下山口三丁目14(字公智山201)
     阪急バス 「西宮北インター」停留所  南に5分
     

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