御 鎮 座 地
尼崎市と西宮市の境界になっている武庫川(むこがわ)に架かる旧街道の武庫川橋を渡るとすぐ前に森が見えます。そこに当神社が鎮座されております。
太田南畝が文化元年(1804)の夏、江戸から長崎へ行く時に綴った道中記「革命紀行」にも、
「武庫川をかちわたりしていく、左にひとむらの森あり、石の鳥居あり、岡太社という碑たてり」
と記されている様に、中国街道を往来する人々が常に眼にしていたという
歴史の積み重ねが樹相を厚いものにしているのであろう。(吉井貞俊氏)
ところが現在の鎮守の森は、ユーカリの大木と楠の木で、戦時中に当社の北側に高射砲の基地があり、視界が悪いとの事で大木は取り除かれたそうで、全てが戦後に植えられた樹木だそうです。
御 由 緒
創建は不詳ですが、社伝によると、
宇賀天皇寛平五年(893)に武庫郡広田の人、岡司氏がこの地を開発して、浜村と云い、
延喜元年「天御中主大神(あめのみなかぬしおおみかみ)を主神に広田の大神五柱を末社として
共に鎮祭せしを起源とし、由って岡司宮と称する
合祀神五柱は、元上の宮と称して当社の北に当たる人家の間にあったのを明治五年に合祀、翌六年に村社に列し、同十二年県社となったそうです。
社 殿
現在の社殿は、阪神大震災で倒壊したため鉄筋コンクリートで再建されたもので、2階が拝殿と本殿、
1階が参集殿となっています。
尖った三角の屋根がユニークでもあります。
震災前の本殿は、市の重要有形文化財に指定されていました。
狛イノシシ 「恵美須大神と静止(シシ)像」
西宮神社の恵美須大神が毎年正月9日の夕に押照宮(岡太神社)で高潮や洪水などの災害を未然に静止して、五穀豊穣をもたらす猪(静止)打ち神事をされると伝えられ、この神事の妨げにならぬよう、斎籠
(いごもり)をする風習がありました。
これは静止を猪にかけたもので、猪は大神の使わしめといわれています。
この昔語を後世に伝えるよすがとして、彫刻家柏木秀峰作の静止像(狛猪)を昭和60年に設置されました。
例 大 祭 市指定重要無形文化財 一時上臈(いっときじょうろう)
毎年の10月11日の例祭に行われる「一時上臈(いっときじょうろう)」の奉幣は名高くて、その時献進される御幣は北講が女性、南講は男性をかたどって作るといわれ、その紅白で作った宝冠状の御幣を祭典の後、男女一対いただいてきて、寝室に飾っておくと、よい子が授かるということが伝えられています。
実際の神事は、立て札の説明書きのとおり、斎行されるそうです。
供 養 塔
境内には、小松内大臣 平重盛卿の供養塔が保存されております。
ご参考 :西宮市小松南町二丁目2−8 TEL 079-847-6613
阪神電車 武庫川駅、西口 北へ500m 7分
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