御 鎮 座 地
当神社は、武庫川からすぐ西側で、JR甲子園口駅から北に500mの熊野町に鎮座されております。
周辺は閑静な住宅地で、その中でひときわ大きな松林の社叢となっています。
御 由 緒
当社の創建は、第59代宇多天皇の寛平年間(889〜897)に鎮座されたようで、往古、この辺りを広井の庄(別名、瓦林の庄)という荘園でしたが、瓦林村の村名になる時、村の鎮守の神として紀州熊野那智大社より伊邪那美尊(いざなみのみこと)を勧請されたそうです。
当初の社名は若王子神社と称していましたが、安政五年(1858)頃、若王子大権現社といい、明治初年に熊野神社と改称されました。
手水舎の清水
手水舎の丸い水口からは常にコンコンと清水が流れ出ていて、当社の清々さが伝わってきます。
これは、この地区の上水道を敷設する際に、この村の持ち池である「コモ池」を水源池として提供し、浄水場を作ったので、それ以来この手水舎に絶えることなく清水が送られて来ているそうです。
境内末社「算学神社」と毛利重能(もうりしげよし)碑
社殿右側の境内に、「算学神社」と「重能(しげよし)碑 」があります。
碑銘は次の通り書かれています。
毛利勘兵衛重能(もうりかんべい しげよし)は瓦林の住民である。
のちに京都に移り、吉田光由、今村知商、高原吉種など多くの弟子を養成した。
当時の数学を集大成し、元和八年(1622)に割り算書を著わして、そろばんの除法、金銀、
売買、両替、無尽、利率、面積、体積、比例などの日常の算法を広め、わが国の数学の道を
開いた。
今年は割算書刊行三百五十年に当たる。これを記念し巻末の文字を石に刻み、毛利重能顕彰の
碑とする。
昭和47年10月10日、 発起人 全国珠算教育連盟、日本珠算連盟、日本数学史学会
算学神社は奨学・進学の守護神として、毛利重能命が祀られております。
珍しい、「そろばん神輿」
全国でここにしかないお神輿、「そろばん神輿」です。
神輿は全体が大小のそろばん珠で飾られていて、そろばんの神様、算学神社ゆかりのユニークなものです。
毎年8月に毛利重能顕彰碑の前で開かれる、「そろばん奉謝追福祭」に碑前に安置されます。
西宮最古の「寛 永 灯 籠」
拝殿の右脇に「若王子」と彫り込まれた石灯籠で、寛永17年(1640)とされています。
これは西宮市で一番古く、神戸市最古の、灘区、敏馬神社の寛永十三年(1636)につぐものと思われます。
ご参考 :西宮市熊野町3−26
JR甲子園口駅 北へ 7分
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