御 鎮 座 地
当神社は、武庫川のすぐ西側で、JR甲子園口駅より北へ進むと熊野神社(前紹介)に出ますが、さらに北の阪急電鉄線を越えたところに大きな森、「瓦林城址」の中に鎮座されております。
この森が、日野神社の社叢(しゃそう)で、楠木、クロガネモチ、アラカシ、ヤブツバキ、サカキ、などの暖地性常緑広葉樹が生茂り、兵庫県指定の天然記念物となっています。
御 由 緒
当神社は、南北朝時代(1332〜1392)に土豪、瓦林弾正左衛門が瓦林城と一族の守護神として建立されました。
瓦林城が元亀元年(1570)に落城の後、生き残った子孫や村人達によって守られて来ましたが、当時の社殿は、慶長年間(1600年頃)の武庫川決壊により、全壊流失しました。
寛永元年(1624)瓦林城主の子孫、瓦林忠左衛門によって再建され、以来村人達の心のよりどころとして、また瓦木村周辺の総氏神として祀られてきました。
平成七年の阪神淡路大震災によって社殿、社務所が全壊滅し、現在に至っています。
寛永元年建立の本殿
寛永元年(1624)に建立された本殿・社殿は、平成七年の阪神大震災まで、健在でしたが、その社殿について、吉井貞俊氏は、著書(西宮・芦屋の社)でこの様な表現をされておられます。
そういえば、寛永年間に建立されたと伝えられている本殿をつつむ社殿も相当な年代を経て、早晩建替えてはという機運も起こって来そうな様子が伺われるが、もし新造営される際にも、ぜひぜひ現今の社殿がかもし出している風情をなんとかそのまま持続させてゆくような方策をこうじられたいものである。(昭和60年)
震災後の復興がいまだ成らず
粗末な仮拝殿の奥には、いまだ復興ならず本殿の石垣のみで、注連囲いがされています。
境内入り口の大鳥居は上の笠木が落ちたままで、多くの灯籠も破損し、狛犬は吽側のみが前足の折れた状態で境内の隅に置かれているのは、痛ましい姿です。
当神社は氏子戸数も少なく、復興募金の目標、1億5千万円に程遠い状況のようです。
ご参考 :西宮市日野町188
JR甲子園口駅 北へ7分で熊野神社、さらに北へ12分。
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