西宮市、松原神社(まつばらじんじゃ)のご紹介です。
御 鎮 座 地
当神社は、西宮市の松原町、JR西宮駅から南に300mの住宅地の中に鎮座されています。
西隣には大きな建物の勤労福祉会館があり、道をへだてた前には、北向稲荷神社、そして「史蹟漢織呉織松、染殿池」があります。
御 由 緒
当神社の創建は不詳ですが、
延喜年間(901〜923)九州太宰府に流されることになった菅原道真が道中この美しい松原を眺め上陸して休息したことから菅原道真・天神様をおまつりするようになったと伝えられている。
「万葉集」に「あまおとめ漁たく火のおほほしく都努の松原恩ほゆるかも」と歌われているように「都努の松原」であったことから神社の名も松原神社とつけられ、松原、津門の名もここからきたものとつたえられています。
境内社、「鎮 宅 霊 符 社」
本殿の右脇に朱色の鎮宅霊符社があります。
この社殿は旧本殿をそのまま移したもので、御祭神は玄武神といい「浄室に奉安して礼拝すれば火難及び一切の災難を免れ、福寿を延ばして子孫が栄えます」と説明板に書かれています。
本殿の前には狛犬がありませんが、この社には立派な狛犬と灯籠があります。
北向稲荷神社と「史蹟、漢織・呉織(はやはとり・くれはとり)松、染殿池」
当神社の道を挟んで前に北向稲荷神社と「史蹟、漢織・呉織(はやはとり・くれはとり)松、染殿池」があります。
日本書紀によりますと、応仁天皇の三十七年、呉の国に使いを出して縫工女(ぬりひめ)を求めたことが書かれています。
そして、来朝した4人の工女のうちの2人が漢織・呉織(はやはとり・くれはとり)で、武庫の水門に上陸した彼女たちは、当時松原であったこの付近で休息をとり、故郷を慕ってここに松を植えたと伝えられています。
松の傍らにあった池の水を使って初めて染色をしたので、この池を染殿池と呼ぶようになったそうですが、今では小さな池があり、松はその名残もとどめていません。
ご参考 :西宮市松原町2−26
JR西宮駅 南へ300m 4分
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