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西宮市、津門神社(つとじんじゃ)のご紹介です。


御 鎮 座 地

当神社は、西宮市津門(つと)地区、で前紹介の松原神社の東、300mの住宅地の中に鎮座されております。
北隣りには、浄土宗寺院「昌林寺」があります・

御  由  緒

漢織(あやは)、呉織(くれは)姫が渡来、わが国に初めて機織または染物などを教えた
場所に、彼らが外来渡来の神(大日如来)を勧請して創立したといわれています。

今から1600余年前(延喜元年)、菅原道真が大宰府に左遷の途次、美しい白砂青松の景勝を愛
でられ小祠の辺にご休憩になりました。

その祠が津門大明神と称されて里人が崇敬する津門の氏神です。

津門の氏神である祠を現神域に遷宮したのは宝暦四年(1754)年十一月ということが旧社殿
上棟札により明らかになっております。

当時は神仏混合の時代でもあったため毘沙門天神も祀りましたが、明治の代になり天照皇大神を
御祭神とされてきております。

社 号 碑 と 萬 度 石

拝殿の右側に立っている「津門神社」と刻まれた大きな石碑は、大塚古墳の石棺の蓋とされています。

大塚古墳は、古くは鬼塚と呼ばれ、源頼光が所持の貴重品をここに埋めたとの伝説があるようです。

また、境内入り口の標柱(注連柱)を入った右側に、大きな「萬度石」があります。

一般的には、お百度参りの「百度石」ですが、「萬度石」は初めてです。

「千度石」は神戸の長田神社などたまに見かけられます。

北 隣 の 昌 林 寺

昌林寺は、多田源氏の祖源満仲(みつなか)の子、源賢僧都の開基と伝えられています。

伝承によりますと、満仲の子・美女丸(源賢の幼名)が、宝塚の中山寺に預けられていましたが、
学問をせず、狩に出て殺生ばかりしているのに激怒して、家臣の藤原仲光に美女丸の首を持って
来いと命じました。

主の命令に苦しんでいる仲光を見て、一子の幸寿丸は、その身代わりを申し出て、父は涙ながら
に幸寿丸の首を切って、満仲に差し出します。

このことを知った美女丸は、深く改心して修行に励み、ついに比叡山の高僧となり、後に身代わ
りになった幸寿丸を弔うために、この寺を建てたといわれています。

明 星 池

当社の入り口と昌林寺の間に、明星池があります。

石とコンクリートに固められた小さな池で、干しあがって水はありません。

説明板には、この池で「幸寿丸」の首を洗ったとあります。

平安の昔(10世紀末)から伝わる悲しい物語です。


ご参考 :西宮市津門西口町14−15  TEL0798-33-1653
     JR西ノ宮駅 南へ 400m 6分

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