御 鎮 座 地
当神社は、西宮市の南部、今津上野町の住宅地の中に鎮座されております。
この地のすぐ南には高速道の西宮インター・JTがあり、日本で最初の本格的高速道路、名神高速の西の起点となっています。
また、800m南には、甲子園球場があります。
境内社 稲荷神社(豊宇気毘売命)
この他に、三十番神が祀られていたそうですが、現在はどうなのか未確認です。
三十番神とは、三十を数える諸大社の神々が毎日交替に仏法を守護されるという仏者の説から発している信仰だそうで、西宮の広田大明神をはじめ、熱田大明神、諏訪、気比、気多、鹿島、北野、江文、伊勢、
八幡、加茂、松尾、大原野、春日、などなどだそうです。
御 由 緒
当社の由緒について、兵庫県神社誌に次の様に記載されています。
当社の創建年月は不詳、安産守護神としていつの頃よりか、人々の崇敬篤く、拝殿の鈴緒を以って
妊婦の腹帯とせば安産すと、備承す故にこれを懇望するもの多し。
明治六年八月村社に列せられる。
また、祭礼については、
夏 祭 七月十三日
[神社調書] 十二日宵宮祭なり、巫女の献湯の行事があり、献湯用の小篠(笹の小枝)は安産の
守りなりと、行事後、崇敬者が之を争い奪う奇習がある。
御 社 殿
当社も太平洋戦争で全てが焼失しましたが、戦後に近くの「津門小学校」の奉安庫を貰って立て直したそうで、本格的な神明造りの立派な社殿だったそうです。
平成七年の阪神淡路大震災によって倒壊しましたが、現在は新しく神明造りで再建復興されております。
本殿の屋根には、「千木(ちぎ)」と「堅魚木(かつおぎ)」(図面参照)がありますが、祭神が女性の場合は、千木の形が内削(うちそぎ)上が水平で、男性の場合は、外削(そとそぎ)垂直だとされています。
ところが当社は天照皇大神で女性ですが外削(垂直)となっており、数多く参拝する中で初めてのことです。
堅魚木も、その本数は女性の場合は偶数、男性の場合は奇数と云われており、当社は6本でこれは女性用となっています。
しかし、堅魚木の本数は各神社まちまちで、決まりもなさそうです。
桜 の 老 木
境内の手水舎の前に桜に木がありますが、戦後すぐ境内復興の際に植えられたとすれば、樹齢60年越えですが、かなりの老木にみえます。
この木には、「サルノコシカケ」が出ていました。多分この部分は枯れてしまっているようです。
ご参考 :西宮市今津上野町7−15 (甲子園素盞鳴神社 兼務社)
阪神電鉄 久寿川駅 北へ250m 3分
|