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当神社は、宝塚市の東部、昔の長尾村大字山本で、山本から中山に向かう巡礼街道の途中、天神川沿い の鬱蒼とした鎮守の森を背にして鎮座されております。 この地は、「松尾丸社(松尾神社)御旅所中やどり」の場所でもあります。 当社の創建は不詳ですが、南朝の延元年間(1336〜1340)に攝津国住吉郡吾孫子(あびこ)の豪族であった、若池兵衛尉貞満が天満宮を奉じて、山本郷に祀ったといわれております。 室町幕府の下にあった山本郷は、天文年間(1532〜1555)には織田信長旗下の近隣豪族によって侵略されて炎上しました。 その後、天正年間(1573〜1592)に現在地に再建されたそうです。 本殿は、一間社春日造(いっけんしゃかすがつくり)杮葺き(こけらぶき)で、寛文五年(1665)頃に再建されたといわれております。 細部に独創的な意匠が見られ、江戸時代中期初頭の自由な技法の使われた建造物であり、この時代に地方的建築様式の特長をよく表わしているとして、宝塚市の文化財に指定されています。 現在は覆い屋に納められており、見ることは出来ません。 境内社の黒光稲荷社の左脇には、横穴式古墳が完全な状態で保存されております。 この山本付近には多くの古墳群が残されております。 ご参考 :宝塚市山本西一丁目5−33 (松尾神社兼務社)
阪急宝塚線 中山寺駅 東に12分 |

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