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当神社は、川西市の中西部の芋生(いもお)地区の 田園地帯に鎮座されています。 しかし、当社の背面の山の上は、広大な住宅地、 「けやき坂」が広がっております。 この辺りの山は、安土桃山時代から江戸時代にかけて栄えた 多田銀銅山の間歩(まぶ)があったところです。 古来、鉱石を産出する地域の地名に「生」を使われることが 多いそうです。 伊 弉 諾 尊(いざなぎのみこと) 伊 弉 冊 尊(いざなみのみこと) 当社は、創建年代は不詳ですが、慶長元年(1596)以前に 紀州熊野大神を勧請され、熊野社とか熊野多田権現と称されていました。 安政三年(1856)隣地の寺院の失火により、当社も類焼したと 記録が残されています。 当社の主な石造物は、 鳥 居 寛政十一年(1799)正月 奉納 石 灯 籠 正徳三年(1713)九月 奉納 狛 犬 嘉永二年(1849)十二月 奉納 で、どれも安政の火災(1856)に遭っていますが 破損も無く、元気な姿をしています。 ご参考 :川西市 芋生 字堂ノ前 179 |
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