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当神社は、神社庁には登録されていない、小さな神社ですが、 現在の川西市(多田庄)を形づくった、大元の伝説の 九頭明神さまが、お祀りされている神社です。 当社は、川西市の中部、東側の 東多田地区の住宅地の真っ只中に 鎮座されています。 この地区の、「東多田」とは、 源満仲(みなもと の みつなか)が、この多田に 館を構えた後、集落の形成が活発になりました。 天禄元年(970)に創建した多田院を中心に、 その東の地区を「東多田」とし、猪名川を隔てて 西側を、「西多田」とされました。 多田院縁起の、「大日本史料」と「多田御家人記録」の大筋は、 源満仲(みなもと の みつなか)が、 安和元年(968)に京都より、 大阪の住吉神社に参篭したとき、 夢に住吉の神が現われ、 「白羽の鏑矢(かぶらや)を空に向かって射て!!、 その矢が、落ちた場所をたずねて住むべし」 とお告げがありました。 そのとおりにすると、白羽の鏑矢は多田庄に至りました。 そこは山中深く、外部からは解りにくい(盆地)遠い地でした。 湖は水をたたえ、頭が九つある大蛇が2匹住んでいました。 源満仲は、これを退治されたので、多田庄に72村が出来、 その大蛇を「九頭明神(くずみょうじん)として崇め、祀りました。 とあります。 また、当社の境内には「九頭の社の由来」が書かれております。 (最後の画像を拡大してご覧ください) ご参考 :川西市 東多田 字宮ノ東50番地 能勢電鉄 鼓滝駅 東へ 徒歩5分
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2009年04月11日
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