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当神社は、川西市の中央部の西端、石道地区の 小高い山の中に鎮座されております。 この地は、昔の「多田村 石道 字丸尾」で、 農家を中心とした小さな村落の北端に位置します。 素 盞 鳴 命 (すさのお の みこと)
天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟、
建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)とも 呼ばれています。 また、牛頭天皇(ごずてんのう)とも同一視されています。 神社誌には次の通り書かれております。 伝えにいう 天徳四年(960)、源満仲(みなもとのみつなか)の臣、 石道左衛門尉(いしみち さえもんのじょう)此の地に住せし時、 鎮守の神として、奉斎したるものにして、中古寺院の支配に 委ねたるにより、記録、その他考証の資料が伝えられていない。 明治六年八月に村社に列せられています。 拝殿の中には、三十六歌仙の絵札がかかげられて おりますが、格子戸の隙間から覗き見ることしか 出来ず、詳細は不明です。 例祭日に訪れたいと思います。 春 日 神 社 (かすがじんじゃ) 御 祭 神 は、「春 日 大 神」ですが・・・・・ 何と大変なことになっていました。 覆屋に納められた本殿の扉が壊され、 中のご神体などが散乱していました。 最近、この様なことがあるそうです。 三田の天満宮さま、でもあったようです。 この神社はどうなってしまったのか〜〜〜 1千年以上の歴史を持つ、由緒ある立派な神社なのに、 境内はゴミだらけで、清掃は一切されておらず、 境内社は壊されたまま、 周辺の地元の方にお聞きしたら、(三十六歌仙の絵札が見せてほしかったので) 「この神社は多田神社の物で、我々は一切関係無い!!!」 大変なけんまくで、言われました。 多田神社の境外摂社になっているのかと思い、お聞きしたところ、 「私共の、兼務社です」とのことでした。 いずれにしても、この現状は見るに忍びない。 同じ多田神社の兼務社でも、前回ご紹介の「市杵島姫神社」http://blogs.yahoo.co.jp/dekunobou36/47946718.html とは、隣り合わせの村落でありながら、あまりにも極端に違いすぎます。 皆様は、両社をご覧戴き、どのようにお感じになられたでしょうか。 ご参考 :川西市 石道 字丸尾11 石道口バス停 北東に800m
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2009年04月30日
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