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当神社は、川西市の北部、笹部地区の北端の山麓字上竹谷に鎮座されております。 この笹部には、武内宿弥(たけのうちすくね)の子孫の雀部朝臣(ささべのあそん)が ここを拠点として原野を開墾したという説があるそうですが、 この開拓者、雀部(ささべ)氏の名が地名の起こりとされています。 古くは、篠部とも書かれていました。 日 本 武 尊 (やまとたけるのみこと) 素 盞 鳴 尊 (すさのおのみこと) 御由緒について、神社誌には次のように書かれています。 伝えに云う。 保元二年(1157)に、源 満国(みなもと の みつくに)が 平野明神を勧請したのが始まりで、後、天正元年(1573)に 満国(みつくに)の末孫、鹽川伯耆守(しおかわ ほうきのかみ) 伊丹の城主、荒木村重(あらき むらしげ)の為に敗れし時、 神社も亦、荒廃に帰す。村民之を再建するという。 明治六年八月に村社に列せられる。 笹部・八坂神社(祭神:素盞鳴尊)を昭和二年四月に合併す。 北 野 天 満 神 社 御祭神:菅原道真 稲 荷 神 社 御祭神:稲蒼魂命 当社の西側には、川西市郷土館があります。 多田銀銅山ゆかりの製錬所を営んでいた平安家の邸宅、 川西市小戸より移築された英国風建築の旧平賀邸が公開されている。 (川西市のHPより) 国登録文化財 ご参考 :川西市笹部字上竹谷3 JR伊丹駅からJR川西池田駅から能勢電鉄山下駅下車 東に15分
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2009年05月27日
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