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当神社は、尼崎市のほぼ中央に位置する難波地区、西難波町の 住宅地の中に鎮座されていますが、少し北には中央公民館、そして、 さらにその北側には市役所をはじめとする官公庁、学校などが集中しています。 伊 弉 冊 尊 (いざなみ の みこと) 摂陽群談(せつようぐんだん)(1698〜1701)第11巻には次の通り記されております。 権現社 北寺権現に同じ 天平年中(729〜749) 行基僧正(ぎょうきそうじょう)所祭之也 土俗(村人の意)難波権現と称す。 また、本殿階段の左右の疑寶珠には、元和七年(1621)の刻銘があります。 明治六年八月、村社に列せられています。 本殿の覆屋 旧末社、大山咋命(おおやまくいのみこと) 摂津難波稲荷大社は、通称「がんのいなり」として親しまれています。 手水鉢 自祓用小麻(じばらいようこぬさ) 説明書 「史跡 伝 難波の梅」の宮として、応神天皇の旧き御世よりの 梅の名所と言われています。 3月の第一日曜日には、「梅まつり」が行われ お茶席なども開かれて賑わうそうです。 ご参考 :尼崎市 西難波町 5丁目 9−22 市バス 西難波南停留所 下車 東に3分
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