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当神社は、尼崎市の西部、立花地区、栗山町の住宅地に鎮座されています。 周辺には、学校が多く、北には立花北小、南側は、立花小、西側は、立花中、 東側は園田学園女子大、等が建ち並んでおります。 この立花地区の上ノ島・栗山・大西・三反田の各町は、昔は「生島」と呼ばれていました。 天長七年(830)に朝廷の財力によって開発され、平安時代の終り頃、康治元年(1142)に 開発領主源実国の子孫が、時の関白藤原忠道に寄進した「生島庄」に当ります。(尼崎市教育委員会) 生 国 魂 大 神 (いくくにたまの おおかみ) 創祀は、仁徳天皇の御代(313〜399)と伝えられ、 『三代実録』『摂津志』にその由来が記されています。 明治維新以前は、生島明神、生島弁財天と呼ばれましたが、 明治六年に生島神社と改められました。 大正3・4年に、上ノ島の須佐男神社、大西の熊野神社、 三反田の八幡神社を合祀した。 大阪の生国魂社の元宮の伝承があるそうです。 参道入口、一の鳥居です。 二の鳥居です。 標柱、 社殿は昭和50年に新築されました。 拝殿内部 本殿 境内末社、生島弁財天社 弁財天の狛犬、以前はこれが参道狛犬でしたが、 新しく奉納されたためにこちらに移されました。 立派な狛犬です。 同じく、阿像です。 大師堂 交通神社 生島稲荷社 ご参考 :尼崎市 栗山町 2丁目24−33 市バス立花支所前 東にすぐ
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