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当神社は、尼崎市の西端、武庫川の東側で、武庫地区の旧大字守部、 現在の南武庫之荘の静寂な住宅地の中に鎮座されています。 この「守 部」は、平安末期の頃守部荘の荘域であったとされているそうです。(『尼崎市史』第4巻) 昭和47〜50年の住居表示によって南武庫之荘の一部となり、 「守 部」と云う地名は消滅してしまいました。 現在では、当神社の社名に「上 守 部」を残すのみとなってしまいました。 素 盞 鳴 命 (すさのおのみこと) 応 神 天 皇 (おうじんてんのう) 猿 田 彦 命 (さるたひこのみこと) 正親町天皇の元亀二年(1571)に、無病息災、天下泰平、五穀豊穣を 祈念して奉斎されたといわれています。 後、宝永二年(1625)に再建。 明治四十年には、同地の八幡神社、猿田彦神社を合祀しています。 阪神淡路大震災にて、ご本殿以外は全て倒壊、 平成十一年三月に、拝殿、小宮、手水舎、鳥居、など修復されました。 入口付近 鳥居、震災後再建されました。 標柱(しめばしら)と石灯籠も震災後の再建です。 拝殿、震災後再建されました。 拝殿内部、奥がご本殿。 ご本殿 手水舎 手水鉢には大きな盃状穴が穿かれています。 盃状穴の大きさは直径10cm以上。 観音堂。 先日、8月18日に観音祭りで、観音踊りが盛大に行われましたが、 残念ながら、見に行けませんでした。 8月18日は観音さんの命日で、年に一度のご開帳です。 境内南東の隅に守部十三重塔があります。 高さ四・五メートルの花崗岩製の石塔で、 鎌倉時代に建立されたものと見られ、 金剛界四仏の種子の薬研彫りなどが施されています。 役行者さんです。 何処から来たのか、カラスの赤ちゃん(クロちゃん)です。 ご参考 : 尼崎市 南武庫之荘 八丁目15−13 市バス 上守部 下車 東にすぐ
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