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当神社は、尼崎市の北西、武庫地区、旧大字西富松(にしとまつ)の 旧家が点在する、住宅地の中に鎮座されています。 この富松(とまつ)地区は、平安時代から戦国時代に富松荘(荘園) があったそうで、戦国時代の初めに東西に分かれ、西側を西富松と呼ばれたそうです。 近くには「西富松城跡」があり、平地に築かれた土塁は県下では珍しいとされ、 地域史の研究者によって、研究と保存活動を活発に行われているそうです。 現在では、昭和54年の新住居表示で、武庫之荘東1丁目となり 由緒ある「西富松(にしとまつ)」の地名が消滅してしまいました。 当社近隣の旧家の一部です。 須 佐 男 命 (すさのお の みこと) 当社の創建は不詳ですが、 元禄年間(16688〜1704)の『摂 陽 群 談』にも記された 古祭「だんご祭り」が伝えられております。 毎年の9月1日の「八朔祭」がそれで、大江山の鬼で名高い「茨木童子」 の出生地とされる富松の里で行われていた餌祭が、今も当社の祭礼として その形態をとどめているのだそうです。 神社正面、馬場先にあたる所 鳥居、刻銘不詳 境内 拝殿の内部で、奥に見えるのが、ご本殿です。 瓦葺の覆屋に納められています。 狛犬 吽像です。 文政六年(1823)二月の刻銘があります。 狛犬 阿像です。 この写真は、8月31日に訪問したときに撮影したものです。 この日は、八朔祭の前日で、神社の関係の方が準備でお越しになり、 「だんご祭」などお聞きできるかと思いましたが、残念ながら お会い出来ませでした。 また、次の機会に解りましたら、追記させていただきます。 ご参考 :尼崎市 武庫之荘東1丁目 18−28 阪急武庫之荘駅 北東に10分
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