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参道入口大鳥居 大震災で倒壊し平成8年に新設された。 参道、両側には42基の石灯籠が奉納されている。 境内入口、門柱と狛犬 手水舎、自然石の手水鉢には上面に浅い盃状穴がある。 拝殿と標柱(しめばしら)、 刻銘には、「修 理 固 成」とある。 これは、「国を、 修 め(おさめ) 理 り(つくり) 固 め(かため) 成 せ(なせ)」 の意味だそうです。 拝殿内部 御本殿、「素木向破風付き春日造り」で、慶長六年(1601)の 建築と伝えられていますが、正徳、寛政年間に大改修を加え、 貞享年間には幣殿を新設するなど、度々の工事が施されているそうです。 境内社、愛宕神社 境内社、神明神社 境内社、大地主神社 境内社、稲荷神社 境内社、護国神社 境内社、佐田彦神社 境内社、厳島神社 境内社、天満神社 境内社、新宮神社 当神社は、伊丹市のほぼ中央に位置し、旧伊丹地区字桜崎で、現地名は宮ノ前に鎮座されています。 阪急伊丹駅から少し東に行くと、参道につながる宮前通りに出る、それを北上すること7・8分で 当神社にはいります。 猪 名 野 坐 大 神 (いなのに ます おおかみ) 当社は、古く野宮、天王宮、牛頭天王社、祇園社と称されたことがあるそうです。 縁起(伊丹野宮牛頭天王の縁起)によると、宇多天皇の時代(887〜896)に、 金剛院の別宮摂社として創始された後、醍醐天皇の時代(897〜929)に現在地に 勧請されたといわれています。 その後、荒廃したのを源為朝(みなもとの ためとも)が再興し、 天正年間(1573〜92)荒木村重(あらきむらしげ)の時、再び荒れてしまい 豊臣秀頼(とよとみ ひでより)の命により修復され、寛文元年(1661)に 近衛家の所領となってからは、同家の尊崇を受けて栄えたそうです。 伊丹郷町の氏神として古くから庶民の信仰も篤く、伊丹随一の「県社」という 社格からも、伊丹の神社信仰の中心的存在であったそうです。 明治初年、神仏分離と共に、野宮牛頭天王を猪名野神社と改められました。 当社には境内社が多く祀られています。 本殿の裏側の「相 殿 社」には、 貴布祢神社、塞 神社、祓戸神社、熊野神社、五柱皇子神社、立田神社、が祀られています。 その他、 愛宕神社、神明神社、大地主神社、稲荷神社、護国神社、佐田彦神社、 厳島神社、天満神社、新宮神社、 等がそれぞれに鳥居を配し立派にお祀りされています。 ご参考 : 伊丹市 宮ノ前 3丁目 6−1 阪急電鉄 伊丹駅 伊丹郷町通りを北へ 700m
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