過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

伊丹市、伊丹(いたみ)猪名野神社(いなのじんじゃ)のご紹介です。


イメージ 1

イメージ 2
参道入口大鳥居
大震災で倒壊し平成8年に新設された。


イメージ 3
参道、両側には42基の石灯籠が奉納されている。


イメージ 4
境内入口、門柱と狛犬

イメージ 5 

イメージ 6


イメージ 7
手水舎、自然石の手水鉢には上面に浅い盃状穴がある。


イメージ 8
拝殿と標柱(しめばしら)、

刻銘には、「修 理 固 成」とある。

これは、「国を、 め(おさめ)  り(つくり) め(かため) せ(なせ)」
の意味だそうです。

イメージ 9
拝殿内部

イメージ 10
御本殿、「素木向破風付き春日造り」で、慶長六年(1601)の

建築と伝えられていますが、正徳、寛政年間に大改修を加え、

貞享年間には幣殿を新設するなど、度々の工事が施されているそうです。



イメージ 11
境内社、愛宕神社

イメージ 12
境内社、神明神社

イメージ 13
境内社、大地主神社

イメージ 14
境内社、稲荷神社

イメージ 15
境内社、護国神社

イメージ 16
境内社、佐田彦神社

イメージ 17
境内社、厳島神社

イメージ 18
境内社、天満神社

イメージ 19
境内社、新宮神社




御  鎮  座  地


当神社は、伊丹市のほぼ中央に位置し、旧伊丹地区字桜崎で、現地名は宮ノ前に鎮座されています。

阪急伊丹駅から少し東に行くと、参道につながる宮前通りに出る、それを北上すること7・8分で

当神社にはいります。



御  祭  神


猪 名 野 坐 大 神 (いなのに ます おおかみ)



ご  由  緒


当社は、古く野宮、天王宮、牛頭天王社、祇園社と称されたことがあるそうです。


縁起(伊丹野宮牛頭天王の縁起)によると、宇多天皇の時代(887〜896)に、

金剛院の別宮摂社として創始された後、醍醐天皇の時代(897〜929)に現在地に

勧請されたといわれています。


その後、荒廃したのを源為朝(みなもとの ためとも)が再興し、

天正年間(1573〜92)荒木村重(あらきむらしげ)の時、再び荒れてしまい

豊臣秀頼(とよとみ ひでより)の命により修復され、寛文元年(1661)に

近衛家の所領となってからは、同家の尊崇を受けて栄えたそうです。


伊丹郷町の氏神として古くから庶民の信仰も篤く、伊丹随一の「県社」という

社格からも、伊丹の神社信仰の中心的存在であったそうです。


明治初年、神仏分離と共に、野宮牛頭天王を猪名野神社と改められました。


境 内 摂 社



当社には境内社が多く祀られています。


本殿の裏側の「相 殿 社」には、

貴布祢神社、塞 神社、祓戸神社、熊野神社、五柱皇子神社、立田神社、が祀られています。

その他、

愛宕神社、神明神社、大地主神社、稲荷神社、護国神社、佐田彦神社、

厳島神社、天満神社、新宮神社、

等がそれぞれに鳥居を配し立派にお祀りされています。





ご参考   : 伊丹市 宮ノ前 3丁目 6−1


        阪急電鉄 伊丹駅 伊丹郷町通りを北へ 700m

全1ページ

[1]


.
NORI
NORI
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事