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六甲山上空に飛来の未確認飛行物体の正体。



前回にお伝えしました未確認飛行物体(魚雷?)は、


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某コンサルタント会社が地質調査を行っているのだそうです。

これは、「NE−RESOLVE空中電磁法システム」と云うそうで、

ヘリコプタに曳航した電磁探査機器(魚雷を想像させる)から交流磁場を

送信して地中の地盤で発生する交流磁場の強さとの割合によって、

地盤の間隙率、飽和度、固結度、粘土鉱物含有率、温度、岩盤強度、

地下水等が測定出来るそうです。


つまり、高度な地質調査と云う訳です。


この水晶谷東側付近は、非常に危険なところで、容易に人が入れない

そうですから、この様な新しい高度な技術が大変有効であるようです。


地質調査の目的は、砂防堰堤の必要性と設置工事基礎設計ではないかと

勝手に考えています。


「未確認飛行物体」などと、思わせぶりを言ってすみません。

尼崎市、時友神社(ときともじんじゃ)のご紹介です。



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御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の北西、武庫地区の旧時友村、現在の武庫之荘八丁目に

鎮座されております。すぐ北側には山陽新幹線が走っています。

地名の由来は、この地を開発した時友氏と云う名前に由来するそうです。

大きな名田(野間荘)があったそうで、新幹線の建設の際に、平安時代から

鎌倉時代にかけての遺跡が発掘されています。

残念ながら現在では、「時友」の地名は消滅していますが、当社の社名と

なって残されています。


御  祭  神


須 佐 男 命 (すさのお の みこと)

大 国 主 命 (おおくにぬし の みこと)



ご  由  緒


社伝によれば、天平年間(729〜749)行基菩薩が、猪名野笹原を

開墾された折に、時友村の地に集落を形成、鎮守の神として、須佐之男命を

祀り、同時に観音仏を祀る「常法寺」を建立、神宮寺として奉祀されましたが、

天明年間(1781〜1789)に火災にて焼失したため、隣村の友行の

須佐男神社に合祀されていました。

昭和三十七年に現在地に、須佐男命と大国主命をご祭神として社殿を新築し、

旧時友村の産土神として奉祀されました。


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この大鳥居入口は、北向きで新幹線の南側になります。

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大鳥居です。

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拝殿正面ですが、東向きになっています。

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本殿の覆屋です。

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境内社、弁財天です。

この弁財天社は、「とまり津宮」富松神社の一座として奉祭されています。

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境内社、稲荷社です。

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手水舎です。


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お賽銭箱です。

総ステンレス製で、周囲は角パイプの格子組、大変堅牢に作られております。

ティグ溶接(アルゴン溶接)技術も素晴らしく、上面の入り組んだ細工には

驚かされました。尼崎にはこの様な高度な技術者がお見えになるのですね。

一方で、ここまでしなければならないのが、悲しくも思われます。





ご参考     :尼崎市 武庫之荘 8丁目21−28

         市バス  友行停留所下車  北に200m

         又は、時友停留所下車  南東に100m

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