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当神社は、尼崎市の北東部、藻川の右岸、食満(けま)地区の 山陽新幹線北側沿い、食満(けま)3丁目に鎮座されています。 地名の食満(けま)は、耕作の食物(毛)が豊かに実る(満)の意味で、 宝永六年(1709)の下食満村寺社改帳には、 昔禁中に納める正月七日のなずなを清寺で洗い清めたところから、 食満の地名を賜ったと記されているとのことです。 (宇保家文書/尼崎市史5) 主祭神、 保 食 命(うけもち の みこと) 火 産 霊 命(ほむすび の みこと) 誉 田 別 命(ほんだわけ の みこと) 神社誌には、「創立年月不詳。明治六年八月村社に列せられる。」とあり、 その他は不詳です。 鳥居です。 震災にて倒壊しましたが、すぐに復興されました。 拝殿。 拝殿内部、 奥に見えるのがご本殿です。 ご本殿です。 一間社(いっけんしゃ)春日造(かすがつくり)軒唐破風付(のきからはふつき)と 呼ばれる形式で、屋根は桧皮葺(ひわだぶき)です。 建築年代は、17世紀に遡ると思われる部材が一部 残るものの、各種部材の様式から18世紀中頃の 建物と考えられています。 本殿の覆屋です。 震災にて大破したので再建されています。 手水舎です。 手水鉢は大正二年の刻銘です。 当神社では、室町時代から獅子舞が受け継がれています。 今では市内で唯一となった珍しい舞は、ゆったりとした動きが特徴です。 神社に奉納される演目では、獅子のからかい役であるマネシと呼ばれる お多福やヒョットコ、猿などが登場します。 地元保存会からなる約10人の演者らによる掛け合いが楽しく、 赤い袢纏(はんてん)に赤いバッチ姿の猿役は、小学生が演じ、 可愛い仕草が観客の笑顔を誘います。 本宮の早朝には、旧上食満地区の家々を大獅子が荒神払いに廻ります。 あまりの迫力に泣き出す子供もいますが、大きな口で頭を噛み 子供たちの無病息災を祈ります。 (「南部再生、vol35」尼の神さま仏さま。より) ご参考 :尼崎市 食満 3丁目 16−2 市バス、上食満下車 北に10分
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