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(クリックで拡大してご覧ください) きれいに区画整理され築地地区の東端に境内整備されています。 南面に向かってそびえる神明大鳥居です。 震災にて破壊されたため、新しく鋼管、鋼板で製作されました。 鳥居の両側の常夜燈は、京都御所に生魚を納めていた、尼崎仲買商仲間が 文化年間(1804〜1818)に寄進したものだそうです。 拝殿は大震災で倒壊し、復興されて間がないため美しく、檜の香りが漂っています。 蟇股(かえるまた)、木鼻(きばな)、兎毛通(うのけとうし)等の彫り物は 元の社殿の物を組み込まれております。 拝殿の背面には、幣殿とその奥には本殿えと、つながっています。 ご本殿です。両脇には、木彫りの狛犬がお守りされています。 立派なご本殿です。震災にて損傷がありましたが、修復されました。 石灯籠は、正徳二年(1712)、延享二年(1745)の刻銘があります。 手水舎、震災で倒壊、新しく再建されました。 境内社、天満宮です。 境内社、金比羅宮です。 境内社、荒神社です。 境内社、八剣大明神です。 幣殿前の狛犬、吽像です。 寛延三年(1750)六月の刻銘があります。 同じく狛犬阿像です。 由緒です。クリックで拡大してご覧ください。 伊勢神宮、下賜された大鳥居の笠木です。これも震災にて柱が破損したため 笠木が保存されております。 伊勢神宮より大鳥居が下賜され、竣工報告祭の記念写真です。 当神社は、尼崎市の南部、築地地区に鎮座されております。 この辺りは、尼崎の昔の面影が残る街並みであった所ですが、 大震災による液状化で地盤が最大2メートルも沈み、壊滅的被害を被り、 全戸破壊し、その後区画整理を行い見事に再生されました。 天 照 皇 大 神(あまてらす おおみかみ) 創祀は正和年間(1312〜1317)といわれています。 『尼崎誌』は、近江坂本の日吉神社に属する一社が尼崎に祀られ、 のちの別所町と別所村に分社。 別所町南浜(現東本町4丁目)の初島恵比須が築地開発にともない 寛文6年(1666)現在地に移築されたとしている。 享保年間のころ初島恵比須を初島太神宮と改称された記録もあり、 社名の変遷は種々に及ぶ。 といわれております。 昭和48年に伊勢神宮第六十回式年遷宮を記念して、 伊勢神宮の第二鳥居が当神社に下賜されたそうです。 第二鳥居とは、内宮の参道、神楽殿の手前にある大きな鳥居です。 ところが、大震災で柱が損傷、やむなく笠木と柱の一部を保存して、 現在の鋼鉄製に取り替えました。 ご参考 :尼崎市 築地南浜 1丁目19 阪神尼崎駅 南へ徒歩10分
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