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地図 当神社は、尼崎市の東部、小田地区の金楽寺町に鎮座されています。 天平七年(735)、吉備真備(きびの まさび)が唐土を錦の袋に入れて持ち帰り、 長州の地の中央に、錦楽寺(きんらくじ)を建立したと言われています。 錦楽寺→金楽寺となり現在の町名となっています。 吉 備 真 備 (きび の まさび) 奈良時代の学者、政治家(公卿)右大臣 吉備真備(きび の まさび)は、養老元年(717)に留学生として入唐し、 儒学・天文学・兵学・音楽等を学び、天平七年(735)帰朝する。 右大臣、橘諸兄に重用され、従四位上に昇進したが、藤原仲麻呂の専権下では 不遇され、九州大宰少弐に左遷された。 天平勝宝三年(751)遺唐副使として渡唐、のち昇進を重ね右大臣となり、 地方豪族出身では破格の出世をとげました。 神社誌には、次の通り記載されています。 昔、吉備真備(きび の まさび)が当地方を領せられた時、 長州村字大門に錦楽寺を建立せられしかば、村長はその霊を祀りて、 一社を創立す、と伝えられている。 明治六年八月に村社に列せられる。 図柄は真備の入唐中の出来事を、大江匡房(おおえのまさふさ)の『江談抄』に もとづいて描かれたもので、真備は諸道・諸芸に秀でていたので、唐人の嫉みをうけ 唐人は彼を殺そうとし、鬼の住む楼閣に幽閉されるが、阿倍仲麻呂の亡霊に 救われた場面や、『文撰』『野馬台の誌』の解説や囲碁の勝負などを課せられるが、 霊の援助や、蜘蛛のひく糸によって勝ったというものです。 5月29日(木)午前9:00より、NHKで放映されます。 番組は、「名 作 絵 巻 ミ ス テ リ ー」 「遣 唐 使 と 皇 帝 の 対 決 疑 惑 の 断 片」 また、この絵巻は、奈良国立博物館の平城遷都1300年祭「遣唐使特別展」で、 展示されています。(平成22年6月20日(日)まで) 寛延四年(1751)奉納 源頼光(みなもとのよりみつ)が、渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部李武の 四天王をつれ、大江山に住む酒呑童子という鬼を退治するという話を描いたもの。 嘉永五年の当神社の境内を描いたもの。 嘉永五年(1852)四月に奉納された三十六歌仙額(2面欠)が あるそうですが、拝殿内部にて、拝観が出来ませんでした。 稲 荷 社 ご参考 :尼崎市 金楽寺町 2丁目17−1 市バス 天満神社前下車 西に3分
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