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尼崎市、西本町・貴布禰神社(きふねじんじゃ)のご紹介です。


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御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の南部、旧長州地区で、現在の西本町(昭和3年〜)に鎮座されています。

大鳥居の前は、国道43号線が走りその南面には、旭ガラス、住友金属、等

大きな工場地帯となっています。

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御  祭  神


高  龗  神 (たか おかみ の かみ)

京都鞍馬の貴船神社と同じ神様で、古くから雨乞いの神様とされています。


賀 茂 別 雷 大 神(かもわけいかづち の かみ)



賀 茂 御 祖 大 神(かもの みおや の かみ)

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御   由  緒


尼崎市随一の神社で、神社誌には9ページに渡って記載されていますが、

総説の一部抜粋を下記します。


創立年代は不詳。

文亀元年(1501)の大洪水などにより、文献などは残されておりませんが

応神天皇の時代と推定されます。

城内の三の丸に当る地に鎮座されていましたが、諸事情にて数度の遷座が

ありましたが、正徳五年(1715)現在地に遷座しました。

江戸時代には尼崎城主の崇敬篤く、社参、奉納が再三あったそうです。


明治六年、郷社に、大正九年、県社に昇格されました。


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表  門


建築年代は明らかではありませんが、装飾が豊かなことから、

江戸時代末頃と考えられています。


桁行柱間一間、梁行柱間二間、屋根は切妻造り、瓦葺で、

親柱(円柱)の前後に控柱(角柱)を立てる四脚門と呼ばれる

形式の重厚な造りです。


境内摂社、愛 敬 三 社


尼崎藩主、松平忠名の命により、宝暦四年(1754)に

勧請されたと伝えられています。

写真は、覆屋で中に納められている社殿は、三間社流造りです。

建築年代は、江戸時代末ごろと云われています。

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境内社、愛敬三社


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境内社、白波稲荷社

旧尼崎城の牡丹畑に鎮座されていましたが、廃藩後

当社に寄贈されました。


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稲荷社の狛犬さんは、備前焼で「友敬作」の銘があります。

もう一方の阿像は震災で倒れたのか、口の部分をはじめ

いたるところが破損し欠けてしまっています。

十三代目木村 長十郎友敬(きむら ちょうじゅうろうともただ)

本名、木村純雄(すみお) 先生 は、

1930年生まれ、現在80才だそうです。


追)

この備前焼の狛犬について、江田宮司さまにお訊ねしましたところ、
関係する資料などはなく、奉納された経緯は不詳とのことです。

ただ、戦災の際には、ご本殿は消失し、この稲荷社は残ったそうで
戦後5年間はこの稲荷社社殿が、仮本殿となっていたとのことでした。

その折に備前焼が奉納されたのではと推察されます。




ご参考     :尼崎市西本町6丁目246

         阪神尼崎駅  西南に10分

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