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当神社は、尼崎市のほぼ中央部に位置する、東難波地区の 住宅地の中に鎮座されています。 元の鎮座地は、東北約800mの扶桑町(現在住友金属等工場)にありましたが、 400年ほど前に大火に遭い、現在地に遷座されました。 標柱 拝殿、昭和54年の改築。 手水舎 手水鉢、元禄16年の刻銘。 誉 田 別 命 (ほんだ わけの みこと) 別名、応神天皇(おうじんてんのう) 当神社の創始は仁徳天皇の御代(394〜427)と伝え られております。 仁徳天皇は、当地を度々行幸され、行宮、すなわち「難波祝津宮跡地」 と伝えられているそうです。 社殿覆屋に納められているご本殿は一間社流造、柿葺、 貞享五年(1688)の建築で、尼崎市の文化財に指定されています。 拡大してご覧下さい。
愛宕神社、天満神社、須佐男神社、
難波稲荷神社
この石灯籠は、延宝四年(1676)の刻銘があります。 神戸市の最古が、敏馬神社(灘区)の寛文三年(1673)で 当社と同時代のもので、形式も酷似しています。 倒れると危険なため、入り込んだ稲荷社前に置かれています。
難波地蔵尊
創祀は不詳ですが、昔から子育て地蔵尊として崇敬されています。 二社に十七柱のお地蔵さまが祀られています。 大鳥居を潜ったすぐ右側に、国旗掲揚のポールが立っていますが、 これは、軍艦「榛名(はるな)」のマストだそうです。 「榛名」は、1913年12月に川崎重工神戸造船所で進水、 巡洋戦艦として、第一次世界大戦に参戦し、それ以降数々の戦歴を持ち、 太平洋戦争、終戦直前の1945年7月、呉海軍工廠沖にて被爆し、後に解体されました。 追記、上村道忠宮司は、当社の宮座上村家第18代目を お勤めだそうです。 ご参考 :尼崎市東難波町三丁目6−15 市バス 産業高校前 下車 南に3分
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