神社巡り神戸、灘区

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三社権現跡から頂上向かっていたら、朱色の鳥居が見えてきた。まさに神に出合った!!。

摩耶山頂上の三角点、(標高698.6m)のすぐお隣りです。

「天狗岩大神」、と「石丸猿田彦大神」です。灘区の最後のご紹介が、灘の最も高所な摩耶山頂上になろうとは、思ってもみない事で、最高にうれしくなりました。

帰路はロープウエイで下山しました。神戸と(神戸空港も見えてる)大阪を一望しながらです。

次は、神戸の中心、中央区のご紹介が始まります。是非続けてお越し戴きます様、お願い申し上げます。

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神戸市灘区の16社全部の参拝ご紹介が終了と思いきや、地図に摩耶山頂上近くに、「熊野愛宕神社」の記載あるのを発見し早速参拝に訪れた。残念ながら既に廃社となっており、どこに合祀されたか、不明です。(調べていません)
札木には、「三社権現跡」と書かれており、これは「日山権現、熊野権現、愛宕権現」の三社だそうです。

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本社が灘区の最後のご紹介ですが、番外があります。この後にご紹介します。一応全部をご紹介する事にしておりますので、再建、整備中でありますが、写真のみ掲載します。皆様のご判断におまかせします。
整備が終わりましたら、再度ご紹介させて戴きます。

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神功皇后が三韓よりの帰途に暴風波浪となり、この地に船を繋いで風波のおさまりを待ったと伝えられております。
仁和4年(888)石清水八幡宮より、御分霊を迎えて、朝日の昇る東に向いて、社殿を建て、もろもろの、厄除けを祈願したそうです。
永保2年(1082)八幡太郎義家が八幡宮を造営し、この頃から「東向八幡宮」と称されるようになり、寛文8年(1668)4代将軍徳川家綱公が、拝殿を寄進したそうであるが、昭和20年、戦災にて焼失、昭和41年鉄筋コンクリート造りの社殿が再建された。
祭神は、 八幡大神・天照大神・春日大神。
ご参考 :神戸市灘区船寺通2−1−25    TEL078-861-5295
     阪神電鉄 阪神大石駅下車 南側を西に徒歩2分

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この地はむかし、「津守郷」といい、海上交通の守りを行った所で、そのかかわりから、元禄年間(1688)に交通の守護神としての猿田彦を祀ったとされています。
また道祖神でもあり、道祖神は邪気を防ぐ神であり、又は導きの神、境の守りの神でもあるそうです。
近くに猿田彦を祀る社も少ないことから、交通安全の御神徳を授かろうとする参拝者も多いそうであります。
ご参考 :神戸市灘区灘南通4−3−8      TEL078-861-5295(船寺神社兼務社)
     阪神電鉄 「阪神大石駅」下車 北西へ徒歩15分

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