神社巡り神戸、兵庫区

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本社は、JR兵庫駅より東へ500mの所国道2号線の北に鎮座されています。

この地は、兵庫津、西国街道の西の出入り口で、 柳原惣門 があった所です。

本社の御創建の年代は、詳らかではありませんが、

往古、蛭子命天磐櫞船にのにて、淡海島より津国に遷座し、一社が創建された。
と社記にあるそうです。

文化八年(1812)に造営された社殿は、昭和20年の戦災で焼失し、現在の社殿は、その後、昭和25年に再建されたものです。

鳥居を入って境内左に、如何にも古そうな、 えびす像 が祀られていますが、年代など不詳とのことです。

当社の最大のお祭りは、初春の 十日えびす大祭 です。福を授かる約40万人の参拝者で、境内、周辺は人の波で大変な賑わいをみせます。

ご参考 :神戸市兵庫区西柳原町5−20   TEL078-651-0183 E-mail:info@hyogo-ebisu.com
JR兵庫駅 下車 東へ徒歩5分
     

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本社は、JR神戸駅と兵庫駅の中間の国道2号線南側に鎮座されています。当然この地は、 七宮町 と称しています。

ご創建の年代は定かでありませんが、「延喜式」に記載されている、八部郡汶売神が、七宮の前身と言われています。

兵庫の津北浜の産土神として、応保三年(1163)、平清盛が福原遷都計画と共に、築島の大工事が無事竣工した事により、神恩感謝のため、自筆の南無七明神の神写と金幣を併せて奉納した。
平家一族の崇敬特に厚き事。  「平家物語巻六経島の事」に記載。

当社も戦災で、宝物等焼失しそうですが、寛永三年(1627)の刻名のある 石灯籠 が1基のみと、文化十三年(1817)刻銘の、大きな 手水鉢 があります。
手水鉢は、長さ2.5m 幅1.2mのものです。

ご参考 :神戸市兵庫区七宮町2−3−21
     JR神戸駅より南西・兵庫駅より南東へ共に徒歩10分

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本社は、JR神戸駅と兵庫駅との丁度中間の所に鎮座されます。

創建は不詳ですが、応神天皇ご誕生の延期祈願の霊石を、福原街、東溝下に迎えて、一社を創建しその後現在の地に奉遷し 湊玉生八幡宮 と称したそうです。

「このことは、天和2年(1682)8月15日識すところの、旧記により、天和以前に創祀されていたことが確認される。」(由緒書)

昔、神社の前が、西国街道「兵庫津」における東の出入り口で、街道に面して、 湊口惣門 があり、 番所 が置かれ、 高札場 があったそうである。

またこの地は人通りがはげしく、迷子の多く、辻に 迷子のしるべ石 と名づけられた石標があり、この石標には、迷子を知らせる張り紙が張られたそうである。

現在境内に2基あるが、1基は戦災で破損したものを継ぎ保存された物で、もう1基は新たに同一のものを造り建立されています。

ご参考 :神戸市兵庫区兵庫町1−4−37      TEL078-671-7442
     JR神戸駅より、西へ・兵庫駅より東へ、共に徒歩 10分

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本社は、JR神戸駅の線路沿いに南西400mところに鎮座されています。

創建の時期は定かでないが、高田屋嘉兵衛が海上交通安全を祈って奉納した、一対の石灯篭が境内にある事から、寛政年間(1789〜)にはすでに鎮座されていました。

また、境内には、平経俊の塚があります。平敦盛の兄で、源平の戦いの寿永3年(1184)2月7日に18歳にしてこの地で戦士した。新暦で3月7日に慰霊祭が斎行されています。

拝殿内には、 ビリケンさん が祀られております。
このビリケンさんは、昨年(平成17年)に本殿の裏から発見さたばかりです。
空洞の体内に 永政天大、昭和5年10月5日、ピリケン菩薩 と書かれた小石が入っており、おそらくその頃のものと推測されています。

ご参考 :神戸市兵庫区西出町13      TEL078-681-2112
     JR神戸駅 下車 南西に徒歩5分

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本社は、JR神戸駅より南に600mほどの、中央区との境界の近くに鎮座されています。

この松尾神社の社名は、普通「お酒の神さん」で知られている「松尾さん」ではなく、ここは湊川合戦の折、楠木正成が合戦に先立ち、松の大木のあるお稲荷さんの祠に、一族の神仏護符を納めたそうで、そのお稲荷さんを、松にちなんで 松尾稲荷神社 と呼ぶ様になったとのことです。

この地は、戦前まで 福原遊郭 に近く、昼夜を問わず酔客、芸奴、の参拝で賑っていて、 提灯持ちのお稲荷さん とも呼ばれていたそうです。

また当社には、 ビリケン様 と言うアメリカ渡来の 福の神 が祀られています。

         詳しくは由緒書きの写真をクリックして、オリジナルでご覧下さい

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