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節分御火焚祭(廣田神社)にお参り。



このところ、年末、年始の神事には、沢山の人出で

賑わっている所ばかりに、参拝をしていましたので、

節分祭には、少し静かで厳かな所にお参りすることにしました。


以前にもご紹介しております、古社の廣田神社(西宮市大社町)へ

少し時間を遅らせての参拝でした。


大標柱をくぐったところの参集殿では、暖かい甘酒のお振舞いを受けました。

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甘酒と紅白のお餅です。

お餅は撒かずに、お盆に載せて配って戴けます。


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席をご一緒させて頂いた方々です。

撮影した数枚の写真は、各々のご自宅にお送りさせて戴きました。


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一般の手水舎とは別に「御神水」が境内に湧き出ております。

大震災で湧き出し量が減ったそうですが、まだまだ十分出ております。


また、震災の時には、近隣の方々の飲み水として利用されたそうです。


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自然の草木と榊に囲まれた中での「御神水」での

手水は大変に清清しいですね。


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節分御火焚(どんど)の残り火です。

この火で、お餅を焼いて頂くと、元気に過ごせるでしょうね。




3月の下旬になりますと、「コバノミツバツツジ」が、

綺麗に咲き誇ります。

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(昨年の写真です)

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その規模は、外苑約二万平方メートルにわたり、

十数カ所に分かれて大きな群落を形成し、

総株数は約二万株にのぼると推定されています。

兵庫県指定天然記念物になっております。


3月下旬から4月上旬(つつじ祭)にかけてぜひ訪れてください。

神戸市、六甲八幡神社の厄除け大祭と湯立て神事です。



「JR六甲道駅」から真っ直ぐ北に10分、

「阪急六甲駅」のすぐ南にある「六甲八幡神社」は

別名「やくじんさん」と呼ばれ親しまれています。


1月18・19日に行われる「厄除け大祭」には、

約10万人の参拝者で、参道・境内が埋め尽くされます。

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当社は、平清盛が福原に遷都した、治承四年(1180)に

京都の石清水八幡宮を勧請したことに始まると言われています。


厄除け大祭は、19日の夜、10時より始まる「湯立神事」で

幕を閉じます。


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大寒の前夜、冷え込んだ空には、青く澄んだ満月が輝き

湯たて神事を見守っているかのようでした。


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拝殿の前には、参拝者の行列を迂回させて、丸太で柵を作り

神事の場所が確保され、四方の隅に5mほどの笹竹が立てられました。

この様に頑丈な柵を設けて斎行される湯立て神事は初めてです。

これは何を意味するか、後で思い知らされる事になります。


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中央2箇所に据えられた大釜には赤々と薪が焚かれ、お湯が沸かされます。


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拝殿において神事が斎行されたのち、

神楽女による湯立てが始まります。


沸き上ったお湯に、塩を、そしてお神酒を注ぎ

神前に献上します。


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         (クリックで拡大して、皆様も一緒に湯玉を浴びてください。)

笹葉で釜の熱湯を激しく振り撒き、湯玉を参拝者にかけ散らします。


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         (飛び散る湯玉の瞬間です。拡大して下さい)

この湯玉をかぶることで、厄除け開運、無病息災、

今年も風邪もひかずに元気に過ごせると言われております。


そして、神事も終りに近づいたと思った瞬間、

参拝者は、四方に立てられた笹竹に飛びつき、

倒して笹枝の取り合いとなりました。

手にした笹は、持ち帰り門口に飾り厄除けと無病息災を願います。

この混乱の渦中にいた私は、カメラと三脚を抱きかかえ逃れ出る

のに必死でしたが、氏子の数人が守って下さり難をのがれました。

これで、私も、今年一年元気にブログを続けることが出来そうです。

どうか今年も宜しくお願いします。

ありがとうございました。

西宮市、廣田神社の迎春準備です。



西宮市の旧官幣大社「廣田神社(ひろたじんじゃ)」では、

12月25日に、恒例の「おすす払い神事」が斎行されました。


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拝殿にて神事の後、ご奉仕の皆さんは、、

末社も参拝されて社殿の清掃作業にかかられました。

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長い竹で煤払いをされて、毛ブラシなどで丁寧に

社殿の隅々まで1年間の埃を取り除き、清清しく

新年をお迎えする準備をされていました。


境内広場では、注連縄造りが氏子の皆さんによって

行われていました。

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石の上で新藁を横槌で叩き、柔らかくして

三つ撚りで、左綯いに力強く綯っておられました。

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余分なヒゲは鋏みで切り取られ、立派な注連縄が

次々と手際よく作られていました。

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大小、20数本が作られました。

最近ではこの様に氏子で作ることは少なくなりました。


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一の標柱(しめばしら)には、特大のものが張られ、

3箇所に、垂れ縄がつけられます。

作業には、専用にローリングタワーが準備されていました。

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二の標柱も立派な注連縄に張替えられました。

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一の標柱が新しい注連縄に張替えられましたが、

中央の垂れ縄の綯い方が、変な形になっています。

しかし皆さんは、だめだとは言われずに、一番目立つ

中央に取り付けられました。

氏子の皆さんが慣れない注連縄造りの結果で、出来映えより

皆さんのご奉仕の心が大切なのだようです。

若し、廣田神社に参拝の機会がありましたら、

この注連縄をご覧になり、一生懸命に精魂込めて、

作られた皆さんの気持ちをお察し下さい。

神戸、保久良神社(ほくらじんじゃ)で出遭った色々の「顔」。



阪急「岡本駅」から北に約1km、六甲山系山麓を登ったところ、

大きな森の中に鎮座される「保久良神社(ほくらじんじゃ)」は

古代祭祀の遺蹟地といわれています。

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社頭に建つ石灯籠(灯明台)の神火は、「灘の一つ火」として、

大阪湾の航海者の一針路となっていました。

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(顔ー1)、 狛 犬 さ ん の 「顔」


拝殿の右側の境内末社前の狛犬さんです。

元治元年(1864)の刻銘があります。

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この辺りではあまり見かけない顔をしています。

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なんとなく可愛い顔をしていませんか。

たてがみの鑿使いなど、素晴らしいですね。




(顔ー2)、 樹  木  の  「顔」



この社叢には、樹齢数百年とも思われるヤマモモの大木が繁っております。

その幹の表面には、色々の顔が見られます。

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中央には、犬コロの顔が〜〜その周辺にも色々と〜〜

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(顔ー3)、 可 愛 い 動 物? の 「顔」


撮影を続けていたら、何かジィ〜〜と見られている視線を感じた。


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薄暗い森の中、はっきり分からないが、動物らしい。

知らない顔だ!!。

でも〜〜〜可愛い顔をしているし、クマでもなさそうだから

危険は無いだろう。


もう少し近づいて確かめよう。

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逃げる様子もなく、私を注視したままだ。

恐る恐る、さらに近づいて正体を確かめた。


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期待はずれでガッカリでした。



(顔ー4) ウ リ 坊 の カ オ・カ オ・カ オ・ 「顔」



夢中で樹木の撮影をしていたら、またまた違う視線を感じた。

その方向を見ると、ウリ坊だった。

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「僕たちの森に入って、何をしているの!」と言ってるようだ。


「そうなんだ!。動物の世界に人間が入り込むのもいけないのだ。」

と、気付き早々に立ち去ろうとしたが、

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アッチを向いても〜〜〜

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コッチを向いても〜〜〜

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森の外に出ても〜〜〜

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またまた、別の親子が〜〜〜

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隣接する、「保久良梅園」にも〜〜〜

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ウリ坊の、カオ・カオ・カオ 

毎日参詣登山される方々のお話では、

この保久良神社で生息するイノシシは、

2家族、親が4頭、子供が8頭、合計12頭だそうです。

今年の2月、「大俵祭」の際には、全く見かけなかったのですが。

数年後にはどの様になるのでしょうね。


以上、神戸市 東灘区 保久良神社社叢で出遭った顔でした。

神戸市北区の淡河(おうご)八幡神社で新社殿竣工式


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新神戸駅から六甲山をトンネルで抜けた北区の北西部、淡河町(おうごちょう)勝雄地区。

長閑な田園地帯に佇む古社、淡河八幡神社の拝殿幣殿が新築され、18日(日)に竣工式が

盛大に行われました。


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境内には特設ステージが設けられて、地元中学生の巫女、浦安の舞い。

そして、小学生たちの樽太鼓がリズミカルにそして賑やかに、奉納されました。

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アート書家、中西賀子氏の席上揮毫(せきじょうきごう)


地元、淡河町のアート書家、中西賀子氏の席上揮毫が

境内の特設ステージで行われました。


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真っ白いキャンバスに、墨の香りを漂わせながら

力強く描かれたアート書は、


      太 古 か ら 悠 々

      こ の 鎮 守 の 杜

      生 命 精 霊 宿 る  故 郷 の 杜

      い つ ま で も  い つ ま で も    


さらに、無垢材には、


        故  郷  の  杜

が書かれました。


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当  神  社  は、



当神社は、奈良朝、宝亀十年(779)六月、表筒男命を祀り、

後、平安中期の仁平年間(1151〜1154)に安閑天皇を、

次いで、鎌倉初期の貞応二年(1223)鶴岡八幡宮より

応神天皇の分霊を請けて奉祀し以降、八幡宮と称号されました。


旧拝殿と幣殿は宝暦元年(1751)の建立で、

阪神・淡路大震災で柱などが傾斜し、甚大な被害を受けたため、

4年前から氏子の方々により、再建計画を進めてきましたが、

このほど立派に新築され、竣工式を迎えることとなりました。

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