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関西地方の多くの神社では、鳥居をくぐって境内に入りますと、 参道を挟んで、2本の石柱が立っております。 そして、この石柱の上部には、注連縄が張られています。 この石柱を、神道用語で、「標柱(しめばしら)」と言っています。 そして、これより神聖なる域であることをあらわしております。 形や大きさは色々ありますが、入口側に何らかの文字が彫ってあります。 一般的に多いのが、「奉納」「奉献」ですが、 中には、主祭神の謂れについての言葉、或いは、祈願をこめた言葉などがあります。 この言葉を「宣揚文(せんようぶん)」 と云います。 その例として「五穀豊穣」「天長地久」「萬民安寧」などが見かけられます。 大阪駅の近く、曽根崎の「露 天神社(つゆ てんじんしゃ)」別称、「お初天神」 の参道に、かなり大きな標柱が立てられています。 そして、大きく宣揚文が刻まれています。 当社の主祭神は、少彦名大神(すくなひこな の おおかみ)で、 その御神徳を書かれたものだそうです。 「医 薬 禁 厭 を 定 め、 人 威 恩 頼 を 蒙 る」 この意味は、 医学・薬学・禁厭(祈祷)を定めて、 人は威(みな)その恩頼(おんらい)をうけられる。 だそうです。 これから神社にお参りの時には、標柱に彫られた文字を見て、 その意味を考えるのも楽しみの一つですね。 おしまい。
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関連神社
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保久良神社は、六甲山系の金鳥山・保久良山の中腹に鎮座されており、 須佐之男神、大歳御祖神、大国主命、椎根津彦命、が御祭神とされています。 そして、この地は古代祭祀の遺跡地といわれています。 往古より、社頭の灯明台(石灯籠)の神火は、「灘の一つ火」として、 「沖の舟人 たよりに思う 灘の一つ火 ありがたや」 の古謡通り、広く崇敬され、航海者の一針路となっていました。 恒例の、大俵祭が1月20日に斎行されました。 拝殿でお神楽の奉納のあと、境内では湯立神事(ゆたてしんじ)が とりおこなわれました。 大俵祭の祭典を行った「撤饌(てっせん)」で、 北畑天王講の人々が、搗きあげた寒餅を、延ばして重ね 家族数を藁包(わらづと)に入れて、神前にお供えした物です。 そしてそのおさがりを、参拝された皆様に配られます。 特に風邪によく効くといわれております。 宮司より詳しくご説明がありました。 女性神職の持って見えるのが、大俵餅です。 参拝者全員に配られた「大俵餅」と湯立神事の笹。
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六甲山系の東端、六甲山最高峰(931m)から少し東の小高い山の頂(840m)に 「六甲山石の宝殿 白山の宮」があります。 境内からは、十数センチ程の長さに見える「大阪空港(伊丹)」を中心として、 眼下には、お椀を伏せた様な、丸い盛り上がりが甲山(西宮市) 左側には、阪神競馬場(宝塚市)は小さな広場のように見えています。 また、右には、大阪市街、そして奈良、京都の山並みまでも一望できる絶景が広がり、 多くの登山客の絶好の休息場ともなっています。 冬の晴れた日には、石川県の加賀の白山が見えることもあり、 太陽を浴びて輝く白い峰の幻想的な光景を「まるで墨絵の世界」と 表現されています。 好天に恵まれた4日(日曜日)には、神無月、月次祭(つきなみさい)が 斎行されていました。 たまたま訪れた私も末席に参列させていただきました。 当神社のご紹介は以前にもさせて戴いておりますが、 創始は不詳ですが、慶長十八年(1613)に西宮市の越木岩神社の 氏子衆が雨乞い祈願で現在の石の祠を運び上げ、祀ったともいわれています。 平日は社務所も閉ざされておりますが、週末の土曜日と日曜日は 山下清志宮司夫妻(宝塚市在住)が在社し来訪者の案内をされています。
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オシャレな神戸の中心街、三宮駅より徒歩5分、 生田の杜(いくたのもり)に鎮座される生田神社は「神戸」のルーツでもあります。 大同元年(806)朝廷より生田の杜に、44戸の「封戸(ふこ)」が与えられました。 封戸とは、奉仕する人々の家をいいます。 その神の封戸は神戸(かんべ)、 中世は紺部(こんべ)と呼ばれ 近世より「神戸(こうべ)」の地名となりました。 ご祭神は、 稚 日 女 尊 (わかひるめ の みこと)で、 稚く瑞々しい 日の女神様であり、伊勢神宮におまつりされる 天照皇大神の御幼名とも伝えられております。 今年は25年に一度の式年造替が執り行われ、9月20日〜27日の間 連日にわたって奉祝奉納行事が行われています。 そんな中で境内の片隅にきれいに咲き誇っている花がありました。 境内社の「生田弁財天・市杵嶋神社(いちきねしま)」の前に 誇らしげに咲いている「フヨウ(芙蓉)」です。 境内の西側の片隅に、今が盛りと白い萩が咲き誇っていました。 社務所の前の手水鉢です。
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神戸市 北区 淡河町 勝雄 の「淡河八幡神社(おうごはちまんじんじゃ)」の 社殿の改築が始まり、拝殿と幣殿を解体されました。 その奥から、今まで一般の者は見ることが出来なかった ご本殿がお目見えしました。 三間社流れ造り、向拝唐破風付で各所に彫刻が見られ、 淡河の総社に相応しい立派な姿をしています。 また、 ご本殿の前の狛犬も今まで見ることが出来なかったのが、 今回その姿を現しました。 この型は、この地方近辺では見慣れない珍しい物です。 宝暦二年(1752)九月奉納の刻銘があります。 当社には無形民俗文化財の「御弓神事」が例年2月17日に斎行されますが、 来年は、真新しい社殿の、檜の香りが漂う境内で執り行われることでしょう。 |




