神社巡り神戸、須磨区

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

本宮は、須磨浦公園から北東に坂道を登ると、一の谷公園があります。この公園の中に鎮座されております。

この宮には、8歳で海中に身を投じた安徳天皇を御祀り されております。

安徳天皇 は治承四年(1180年)に2歳で即位されました。

祖父は平清盛 、父は高倉天皇、母は清盛の娘の建礼門院徳子(けんれいもんいんとくこ)です。

当時、天皇は大輪田沖(おおわだおき)の平家の軍船に守られ、船上で生活されていました。

この一の谷町に内裏を置かれたと伝えられていますが、源義経の奇襲に敗れ、屋島に逃れられ、その後、文治元年(1185年)安徳天皇は下関の壇ノ浦の戦いで、祖母二位尼(清盛の妻、建礼門院の母)に抱かれ、8歳で海中に身を投じ 、三種の神器のうち、宝剣と共に没したそうです。

この須磨の地に、安徳天皇の冥福を祈る ために祀られたのが、本宮であります。

安徳宮の前の灯籠は、元京都の舞妓さんで、アメリカの大財閥モルガン家の御曹司と国際結婚をした '''モンガルお雪''' の名前が刻まれております。

また、安徳宮の西には、幕末の政略結婚で知られる '''「皇女和宮像」''' がまつられております。

御参考 :神戸市須磨区一の谷2丁目
     山陽電鉄 須磨浦公園駅 北東へ 徒歩20分
     市バス 81系統 一の谷終点 北へ石段登る 6分

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

本社は、須磨駅より東に600m程の所、綱敷天満宮のすぐ西に鎮座されております。

創始、詳しい由緒など、はっきりしておりません。

境内の殆どは貸し駐車場になっており、その中央に小さいお社が東向きに鎮座されており、通称「東向明神」とも呼ばれていました。

かっては、西須磨の旧家、「前田」「頼広」「友好」「貴答」「岡本」の五家で奉仕されておりました。現在は東の綱敷天満宮が兼務社となっております。

長田神社は「漁」を、そしてこの諏訪神社は「狩」を守ると伝えられ、かって、11月8日の祭日には、村民が猪狩の神事を行い、猪の肉を食べる習慣があったそうです。

ご参考 :神戸市須磨区天神町2−1      TEL078-734-0640 綱敷天満宮兼務社
     JR須磨駅 東へ 徒歩8分 国道2号線沿い北側

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

本社は、須磨区の板宿駅から西に500m程の、住宅地の中に、何故これ程までに境内が小さくされてしまったのか、と思われるほど、縮んでしまい、ひっそりと鎮座されております。

創始については、はっきりしませんが、「武庫郡誌」によりますと、
「大手字子守前にあり、明治40年10月4日、同字子守前に鎮座ありし、『無各社子守神社』、同字北の所にありし『無各社倚金神社』、及び同字宮之浦にありし『無各社荒神社』を合併し」、と記載されております。

当、釿桐神社(おのきりじんじゃ)は、遠く駒ヶ林(現在の神戸漁港)に続く松並木の起点のあたりに鎮座されていて、古くから「子守神社」(こもりさん)と呼ばれ、旧大手村の氏神さんとして祀られてきました。

子守さんと呼ばれる通り、 子育て、とくに夜泣きする子供の守り神 として、現在も親しまれております。

御参考 :神戸市須磨区大手町2−20−2     TEL078-731-2743(證誠神社兼務社)
     地下鉄 板宿駅 西へ徒歩6分

開く トラックバック(1)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

本社は、須磨区の中央の位置、地下鉄「妙法寺」駅の近く、毘沙門山、妙法寺の境内に隣接して鎮座されております。

当社は、聖武天皇の御代、天平十年(738年)三月、僧行基がこの地に、毘沙門山、妙法寺を開祖の節同寺の鎮守として創祀されました。

現在、氏子は妙法寺地区自治会を中心としておられるようですが、参道の入り口は、工事用シャッターで閉鎖されおり、何故か工事はされておりませんが入れません。
隣のお寺からの参拝となっています。

社殿並びに周辺は、は手入れが行き届かず朽ちてきつつあり、残念な事だと思います。

当社のご紹介を躊躇いたしましたが、神社本庁の名簿にも記載されておりますので、現状を紹介させて頂きました。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

当社は、JR須磨駅の南側の海岸に鎮座されております。

周辺は美しい須磨の海岸にかこまれており、海からも当社の鳥居がよく見えます。

創始は明らかでありませんが、 金比羅宮、猿田彦命、蛭子尊、三神 をお祀っていますので、 「三社大神宮」 とも言われております。

かっては、この神前で、 豊漁感謝の「浦祭り」 が斎行され、淡路島より、 人形浄瑠璃 がきて大変賑ったそうです。

手水鉢の年代が分かりませんが、上面に 2個の盃状穴 があり、これも灯明に使われたものと思われます。
(盃状穴については、別にまとめてご紹介させて頂く予定です)

御参考 :神戸市須磨区須磨浦通四丁目9       綱敷天満宮兼務社

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]


.
NORI
NORI
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事