神社巡り神戸、北区

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本社は、北区山田町の西端、衝原湖(つくはらこ)の湖畔に鎮座されております。

創建年月は不詳ですが、明治六年八月に村社に列せられております。

衝原湖は、昨日ご紹介しましたが、昭和53年に呑吐ダムを建設され、衝原湖が誕生し、 当社 をはじめ 村落全体が水没 する事になり、この現在地に 社殿を新築し移転 をしております。

社殿は銅板葺き神明造りの鞘社で、中に銅板葺き本殿が設けられております。

本殿の前に旧社殿にあった木彫り狛犬が置かれています。

移転に際しては、奈良県の 丹生川上神社の中社 より、 水波能売神 を勧請し 合祀 をされております。

本社のすぐ裏に、 日本最古の民家 である 「箱木千年家」 (はこぎせんねんや)がありますが、これも水没をさけて現在地に移築されています。

今、丁度茅葺の葺き替えで、3月末日まで閉鎖されており、詳しくご紹介出来ませんが、4月に改めて内部の写真などをご紹介しますが、

大同元年(806)三月の上棟 と伝えられ、伊兵衛(1624〜1690)の代に、支配代官、小堀仁右衛門から「千年家」という屋号をもらったそうです。

昭和42年に国の重要文化財に指定されております。

境内の石灯籠には、延宝三年(1675)の刻銘があります。

ご参考 :神戸市北区山田町衝原字道南3−14     TEL078-581-2187 六條八幡宮兼務社
     神戸電鉄 箕谷駅 市バス 衝原行き 終点バスターミナル西

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本社は、山田町の西部、中地区の山田小学校の西に鎮座されております。

創建年月は不詳ですが、明治六年八月に村社に列せられております。

境内の小さな丸い手水鉢には、天保六年(1834)五月奉納の刻銘があります。

本殿は鞘社に納められており、板葺きの五子造りになっています。

本殿の裏には、大きな丸い石が置かれ、石碑が建てられており、そこには次の様に書かれています。

八弦山 力石


八弦山直吉は当中村に生まれ、少年時代から衆に優れた骨格と怪力の持ち主であった。

僅か15歳で五斗俵(75kg)の米俵、2表を軽々と持ち挙げる程で、長じて大阪相撲に入り、たちまちにして、頭角を現わし、幕内力士となった。

安政三年八月四日、三役入りを目前にして、巡業中越前金沢に於いて、病に倒れ同地浄正寺に葬られる。

志半ばにして倒れた薄幸の力士、八弦山をしのび彼が少年時代に、力試しに持ち挙げたと伝えられる力石をここに保存するものである。

ご参考 :神戸市北区山田町中字合ノ本22   TEL078-581-2187  六條八幡神社兼務社
     神戸電鉄 箕谷駅 市バス 衝原行き 山田小学校前下車 西南へ3分

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本社は、山田町の西方、西下地区の南部の山の中に鎮座されております。
この場所は、あらゆる地図にも記載がなく、地区以外の人はその存在もあまり知られていない様である。

創建年月は、不詳ですが、 明治六年に村社 に列せられております。

本殿は、鞘社に納められておりますが、本殿の両脇には、 大小二対の木彫りの狛犬 が置かれています。

奥に置かれた 小さい狛犬 は、高さ15cm程で、その台裏には 文化十三年 (1816)小正月と書かれており、また 社殿前の、石灯籠 にも、 文化十三年十一月の刻銘 があり、どうやらこの時期に社殿、境内の整備が行われた様であります。

境内の左端に、 雄松、雌松 が立てられており、これが2月11日の 引目祭の時の的 の支えのようです。

引目祭 とは、他社で云う 弓引神事 で、裃を着けた二人の射手が2本づつ3回、計12本の矢を射る神事だそうです。

当社に来る途中には、 炭焼き小屋 などがあり、また、 落雷で真っ黒に焼け焦げた跡 がある、大きな 「みずなら」 の木があるなどが、 山奥の感じ を一層強くさせていました。

ご参考 :神戸市北区山田町西下字広畑62     六條八幡神社兼務社
     神戸電鉄 箕谷駅 市バス 衝原行 坂本下車 南東へ 徒歩30分

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当社は、山田町、中央に位置する東下地区の、七社神社(ご紹介済み)の500mほど東に鎮座されています。

創建年月は不詳ですが、 「摂津誌」 には、

境内には、天満宮があって、その棟札には、貞永元年(1232)四月に京都より遷座した。

と記されております。

本殿の後ろの「ケヤキの大木」は、樹齢数百年で、 ご神木として崇められ ております。
当社では、古くは山田各地より参拝があり、正月二十三日の祭典には、人々は榊の小枝の先を割って、そこに小さな人形をはさみ、五穀を祈る「宝穂串」と称するものを作り、それを持ち寄り境内に突き立てて参拝をし、祭典が終わってそれを持ち帰り、春まで床の間に祀る。

苗代を作る頃、それを苗代田の水の入口に立てて、病虫害除け、苗の発育を祈ったとされています。
この風習は、明治三十年代まで続いていたそうです。(西摂大観に記載)

この地域周辺では、 茅葺屋根の葺き替え今の時期 に盛んに行われております。

葺き上がった茅葺屋根は、見事な 農村の美しさ を、かもし出しております。

ユニークな 消火栓も完備 され、万一の火災に備えられております。

ご参考 :神戸市北区山田町東下字東所27    TEL078-581-2187 六條八幡宮兼務社
     神戸電鉄 箕谷駅 市バス 衝原行き 七社前下車 東に徒歩5分

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本社は、北区山田町の西部、中地区に鎮座されております。

当社は、この 山田13ヶ村の総鎮守社 とされております。

この 六條八幡宮 の名前の由来は、 京都の六條堀川 の源氏の館に祀られていた、 左女牛(さめうし)八幡宮 を、この山田の地に遷して、再興したことによるとされています。

創建については、寛文十三年(1673)に作成された縁起によりますと、

この六條八幡宮のあった場所は、もともと神功皇后の行宮を応仁天皇が再営した霊地であり、その後若宮八幡宮と呼ばれる宝殿が造営された場所であるともされております。

また、長徳年間(995〜999)に基灯法師が応仁天皇を祀って創建したともいわれております。

そして、 応仁天皇 とともに、八幡神の祭神である、 神功皇后 、八幡神を守護神とする 源氏 は、いずれもこの山田の伝承・歴史に深く関わっています。

社殿の東側には、美しい 三重塔 (国指定重文財)があります。これは室町期の神仏混淆の名残でもあります。

また、境内には 農村舞台 (市指定有形文化財)があり、社殿左の 大銀杏 は市民の木に指定されています。

毎年10月の第2日曜日には、 流鏑馬神事 が斎行されます。

ご参考 :神戸市北区山田町中字宮之片57     TEL078-581-2187
     神戸電鉄 箕谷駅下車 市バス 衝原行き 山田小学校前下車 北西へ徒歩10分

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