神社巡り神戸、北区

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原野(はらの)厳島神社の創建年月は不詳ですが、次のような伝説があります。

丹生(たんじょう)の山田に住んでいた 矢田部郡司の山田左衛門 尉真勝 (じょうさねかつ)は、 四十七代淳仁天皇 に仕えていたが、天平寶字八年(764)に 左大臣藤原豊成 の次女、 白滝姫 (中将姫の妹で才色すぐれて有名だった)をみそめて、 恋慕う ようになった。

その 思いを歌に して、

水無月の 稲葉のすえも こがれるに 山田に落ちよ 白滝の前


と書きおくった。

すると、 姫から は、

雲だにも かからぬ峰の白滝を さのみぞ恋ひかな 山田男の子よ


とつれない返歌があった。

天皇はこれを聞き、 真勝を哀れ に思われ、みずからあっせんして、 二人を夫婦 になされ、真勝は喜んで姫を山田に連れ帰った。

結婚後三年、 姫は子一人を残して亡く なった。真勝は邸内に 弁才天の社を建て 姫を祀った。

毎年五月、 ちる頃、社の前の池に 清水が湧き出 て早天でも絶えることがなかった。

それにより、 姓を「栗花落」 (つゆ)と改め、池を 「栗花落の井」 と名づけたという伝説があります。

社殿の裏には、 室町期の宝教筐印塔 があります。また、本殿両横の 灯籠 には、寛政四年(1792)六月の刻銘があります。

ご参考 :神戸市北区山田町原野字札場64
     神戸電鉄 箕谷駅 市バス 衝原行き 蔵本 下車、西へ徒歩5分

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本社は、山田町の原野地区ですが、西隣の福地地区の境界付近の森の裾野に鎮座されております。


当社の 創建 については、 「摂陽郡談」 に、
牛頭天王社、貞永年中(1232〜1233)、三宝院(醍醐)門主勧請し給う、当院(現在は廃寺となっている安養寺)の鎮守神に祭る所なり。
と記載されているそうです。



境内社は、 五社が祀られて おりますが、その中で写真の右側が 「戎神社」西宮の元宮 と伝えられています。
西宮神社 は、古代に、 ここから勧請 されたと信じられております。

本殿は、檜皮葺流れ造りですが、現在はその上に金属板で覆われています。
社殿の欄間の 彫刻は ここも見事な作品です。
この本殿には、 ご神体の牛頭天王像(木彫り)が祀られ ておりますが見ることは出来ませんでした。


此処も木彫りの狛犬ですが、 この狛犬は室町期の作 と推定され、 社宝と されているそうです。

石灯籠 は、本殿の前が、 延享元年 (1744)八月七日の刻銘があり、玉垣の下のものには、 宝暦八年 (1758)九月吉日の刻銘があります。


境内には、ここも 農村舞台 がありますが、もとは茅葺だったそうですが、昭和37年に現在の瓦葺で建て替えられております。


ご参考 :神戸市北区山田町原野字谷寺口35   TEL078-581-2187 六條八幡宮兼務社
     神戸電鉄 箕谷駅下車 市バス 衝原行き 谷寺口下車 北へ徒歩5分

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本社は、山田町の箕谷駅から北に2kmほどの、原野地区に鎮座されております。

創建については、不詳ですが、「摂津誌」には、天文十七年(1548)に屋根の葺き替えを行った事が棟札に記録されていることを紹介していますが、その当時は「八王子社」といい、その様に記載されているそうです。明治六年に村社に列せられています。

本殿は檜皮葺王子造りで、前部の 彫刻は見事 なものですが、作者は不詳です。

また本殿の両脇には、 木彫りの狛犬 がありますが、表面はきれいで、古さを感じません。

石灯籠 は、 寛延三年 (1750)と 宝暦八年 (1758)のものがあります。

境内には、 農村舞台 があるが、ここの場合、舞台回しなどの装置はありません。

ご参考 :神戸市北区山田町原野字八王子1
     神戸電鉄 箕谷駅 市バス 衝原行 大滝口下車 北東へ徒歩5分

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本社は、山田町の中央、南の東下(ひがししも)地区に鎮座されております。

創建年月に就いては不詳ですが、 「摂陽郡談」 には、明要寺記曰く、として。

欽明天皇の御宇(六世紀)百済国童男行者の勧請也。上の七社は当山(丹生山)にあり、土俗七社大明神と号す。中の七社は播磨の国、下の七社は山田庄内にあり、すべて二十一社を当山鎮守神とす。

また、 「旧山田村郷土史」 には、

丹生山鎮守二十一社の内なりしが初め西下字宮床に移り、後に仁寿二年(852)信託ありて現今の地に遷す。
とあり、当社が 相当古い創建 であるようです。

この社殿は、室町時代の建築でこの山田地区では、最古、最大のものだそうです。

境内社に、 天一神社、天満神社、日向神社、鎮座 され、また、 石灯籠 は本殿前に、嘉永四年、と宝暦八年の刻銘のある物が、天満神社前に同じく宝暦八年のものがあります。

本殿の前には、額が掲げられておりますが、その絵は 「神功皇后と幼き応仁天皇を抱きた武内宿禰」 を描いたもので、作者の落款はありますが、読めませんでした。
この絵を青銅像にしたものが、兵庫区の 「三石神社」 に建立されております。
以前にご紹介しております。 http://blogs.yahoo.co.jp/dekunobou36/25711087.html

ご参考 :神戸市北区山田町東下字翁ヶ谷36   TEL078-581-2187  六條八幡宮兼務社
     神戸電鉄 箕谷駅下車 市バス 衝原行 七社神社前下車 南へ 3分

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本社は、山田町の東端、神戸電鉄、谷上駅と花山駅の中間、北側に鎮座されております。

創建については 「摂津誌」 によりますと、

界内に菅神廟有り、上梁に曰く、貞永元年四月、洛陽より此処に遷座

とあり、 貞永元年四月 (1735)の 創建 で、上谷上地区の唯一の神社だそうです。

拝殿は、茅葺で、 鞘社 (本殿の覆い)になっており、この中に 桧皮葺き春日造りの本殿 が納まっております。
また、 青銅製の牛 もこの拝殿の中にあり、外からは見えません。

境内には茅葺の 「農村歌舞伎舞台」 があります。これは兵庫県の 重要民俗資料の指定文化財 となっています。

建築された年代は、 文久三年 (1863)で、 舞台の回転装置 などが設備されています。

また、境内、拝殿前の石灯籠は、寛保三年(1743)九月の刻銘があり、下にあるのは天保十一年と同じく十五年の刻銘があります。

ご参考 :神戸市北区上谷上字宮開地1       TEL078-581-2187 六條八幡宮兼務社
     神戸電鉄 谷上駅 東北へ 15分

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