神社巡り神戸、北区

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

勝雄天満社(かつおてんまんしゃ)のご紹介です。



当社は、北区の北西、淡河町の勝雄地区の田園の中に鎮座されております。

創建について、奉社伝記に次の様に記されております。
応保二年(1162)六月二十五日、雷難除けの願意をもって、京都北野天満宮より菅公を勧請す。

当社の例祭が7月25日で、夜の神賑行事として67戸の氏子総出による、この地区の郷土芸能である、播州音頭大会が開かれ、賑わいを見せているそうです。

また、境内では仮設土俵で子供相撲が行われ、氏子内の幼児から小学生の多数の豆力士が参加し、土俵を踏むことによって、子供達の心身健全の神徳が得られるそうです。

石灯籠は、形が少し変わっていますが、享保十八年(1733)十一月の刻銘があります。

天神さんですが、「梅」、「牛」は見当たりません。

参道入口の石段には、多数の「盃状穴」が見られますが、石段では珍しく初めてのことです。

周辺の田の土手に、綺麗なピンクの花が咲いていますが、初めて見るもので、名前は解りません。

ご参考 :神戸市北区淡河町勝雄148
     JR三田駅 神姫バス 三木行き 淡河八幡前 下車 北へ5分

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

滝宮社(たきみやしゃ)と、曇が滝(くもりがたき)のご紹介です。



当社は、北区の北西、淡河町の東畑地区の淡河川上流、曇が滝の上に鎮座されております。
創建は、元禄三年(1690)に村の水火災除けを祈り、大彦滝神を祀った。
とされていますが、村の古老によりますと、この小さな村落は古来、
大変な貧困で困り、村人の一人が村の隆昌を願って、不動明王勧請し、
この地に祀ったのが始まりとも云われています。
境内には、二つの社殿があり、左側が 不動明王 、右側に 大彦滝神 が祀られております。

また、石灯籠には、明和六年(1769)二月の刻銘があります。

境内前の直下には、 曇が滝 (くもりがたき)があり、そこからせり上がる崖には 「山藤」 が今が盛りと咲き誇っており、素晴らしい景観を呈しています。

この村の戸数は 26戸 で、厳格な 当番制 が守られており、その年の当番は小祭の際、祓詞を奏上し、 村の安泰 と、 各戸の隆昌 を祈り、また日常の境内、社殿の管理を行うそうです。

例祭は、12月7日で、秋の豊作を祝い、餅つきが行われ、酒肴に「ふろふき大根」の料理が作られる事から、 「滝宮のふろふき祭り」 と云われております。


ご参考 :神戸市北区淡河町東畑130
     JR三田駅 神姫バス 三木行き  東畑で下車 北に10分

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

北区、淡河町の山平神社と弁慶岩のご紹介です。



本社は、北区の西部、淡河町、行原地区の田園の中に鎮座されております。

当社の創建について社伝記に、

悪疫流行により、常州鹿島明神を勧請して、村人は皆崇敬する。病気の患者は快方し、
村は安泰となった。 

承暦元年(1077)八月二十三日の創始。
と記されているそうです。

社殿は、茅葺屋根を鉄板で覆った、覆屋(鞘社)で、中に本殿が納められております。

境内入口の鳥居は、安政二年(1855)の刻銘があります。

この行原地区の氏子戸数は35戸で、一年毎の宮当番制で管理をされています。



この境内の裏の田の中に、大きな岩があります。

     ?H1>さざれ〜石が〜巌となりて〜

この村の人達は、 「弁慶が置いていった石」と言われていると 、云っておりました。

周辺は圃場整備が行われましたが、この岩の部分は昔のままに保存されたそうです。

この部分の土地は、現在国有地となっています。


ご参考 :神戸市北区淡河町行原31
     JR三田駅 神姫バス 三木行き 行原下車 西に徒歩5分

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

淡河(おうご)、秋葉神社(あきばじんじゃ)



本社は北区の西部に走る丹生山(515m)山系の(写真ー1)北側中腹に鎮座されております。

鎮座されている場所、参道の入口が分からず、地区の方々に尋ねるのですが、3月からの4度目の挑戦にてやっとたどり着く事ができました。

当社の創建は、祠の磐石に刻銘に依りますと、安政五年(1858)に「足利壱岐守」他の発起によるとあります。

足利壱岐守とは、この地淡河町の総社「淡河八幡神社」の宮司家の祖先であり、安政年間に、山火事など多く、静岡の秋葉山本宮秋葉神社より、火伏せの神である、「火之迦具土大神」(ひのかぐつちのおおかみ)を勧請したと思われます。

秋葉神社の祠は、火伏せの神であるため、燃え難い石造りの祠が多いとされています。

他には石灯籠が1基と小さな手水鉢があるのみですが、燈籠は祠と同じ安政五年の刻銘があります。

周辺の管理もされ、地区の方々の崇敬も篤く、火災の発生も無いようです。

ご参考 :神戸市北区淡河町勝尾
     JR三田駅 神姫バス 三木行き 八幡神社前下車 南に徒歩50分

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

木津大歳社(きづおおとししゃ)のご紹介です


本社は、北区の北西部、淡河町の木津地区に鎮座されております。

当社の創建について、「奉社伝記」に次の様に記されおります。

田畑開発、五穀成就を祈り享徳元年(1452)1月1日、氏子四十戸を以って、大歳神を奉斎した。

社殿は、茅葺で、覆屋(鞘社)と拝殿を兼ねており、中には、小型ですが、尾州桧造りと云われる本殿が納められています。

本殿の両脇には、木彫りの狛犬が置かれております。

鳥居の前の石灯籠には、天保十四年(1843)六月の刻銘があります。

また、社殿の西側の石段には、数多くの盃状穴があります。


ご参考 :神戸市北区淡河町木津331
     JR三田駅 神姫バス 三木行き 淡河連絡所前 下車 南に徒歩15分


.
NORI
NORI
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事