神社巡り神戸、北区

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本社は、北区の東北、八多町の深谷地区の小高い森の中に鎮座されております。

当社の創建年月は不詳ですが、

中古以来、本地垂迹説(ほんじすいじやくせつ)が盛んに云われた頃、祭神八柱命と共に、本地薬師如来を合祀していましたが、天正八年(1580)の羽柴秀吉による、三木城の攻略の兵火に遭い、悉く焼失しましたが、その後に再建されたと伝えられています。

本殿は、覆社殿に納められており、彩色が施されておりますが、色あせて一部は剥がれていますが、往時の鮮やかさを偲ばせております。

境内の石灯篭には、 江戸日本橋 鉄屋 六兵衛、寛延元年(1748)九月八日の刻銘 があります。

手水鉢には、天明二年(1782)九月の刻銘があり、この時代に社殿、境内整備がなされたようです。
当社には、狛犬はありません。

この地区は、氏子の戸数が39戸で、少ないですが当番制により、境内、社殿をよく維持管理されております。


ご参考 :神戸市北区八多町深谷字杉尾920
     神戸電鉄 道場南口駅 神姫バス 淡河行きにて、深谷口下車 西に徒歩15分

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本社は、北区の東北端、道場町の平田地区に鎮座されております。

当社は、太古に「豊受比売神」の降臨された地であると伝えられ、「豊受比売神」は常に山中におられ、飯を盛られるを以って、稲倉山と唱え、稲倉魂神をお祀りしたと伝えられております。

観応年間(1350〜)に稲倉山の中腹に神殿を建立されたそうです。

一の鳥居を入ったところに、 太い注連縄が張られて おり、その注連縄に すだれ状に小枝が束ねて吊り下げ てありますが、珍しい行事が今も続けられております。(写真ー8・9)

これは 「勘情掛け」 (かんじょうかけ)といって、村の中で、 当年に満2歳 になる子供が新しく当社の 氏子にさせて戴く儀式 の一つで、その家の父兄が、裏六甲山で採ってきた、しきび(樒 シキミ)を束ね、左から、7束、5束、3束、と吊り下げ、奉納されます。

子供は、神前にお参りし、神酒を授けられ、氏子になるという儀式がとり行われます。

子供が減り、当たり年の子供がいなくても、毎年2月8日(現在は、この日に近い日曜日)に当番が「勘情掛け」を斎行し現在も受け継がれています。

境内の石灯籠には、正徳六年(1716)の刻銘があります。

ご参考 :神戸市北区道場町平田字東山966
     神戸電鉄 道場南口 東に 30分

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本社は、北区の東北、八多町の金比羅山、大蔵山の北側山裾の屏風地区に鎮座されております。

古来、この屏風地区は幡多郡(現在の八多町)の中の一つの村で、前に紹介の「八多神社」の境外摂社として、村内鎮守して、八多神社を大宮とし、祭祀を行ってきましたが、明治年間に分離しております。

当社も、天正八年(1580)の羽柴秀吉の三木城攻めの兵火により、社殿を始め、諸々の宝物ねど、焼失しました。

その後の棟札によりますと、天正十六年(1588)社殿再建、延宝五年(1677)改築、寛保二年(1742)本殿、覆屋の再建などが記録されています。

境内の近くに、「サルトリイバラ」が花をつけていましたが、秋には赤い綺麗な実を沢山付けそうです。
また、アケビも小さな可愛い花をつけていましたが、殆どが雄花ですので実は出来ません。

ご参考 :神戸市北区八多町屏風字頓行司362
     神戸電鉄 道場南口 下車 神姫バス「淡河」行き 屏風辻 下車 南西に20分

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本社は、北区の東北、八多町の柳谷地区、谷間の集落地に鎮座されております。

当社の創建年月は不詳ですが、言い伝えによりますた、
この集落の北の、吉尾地区に当社は鎮座されていたのを現在地に移遷座したが、その後、羽柴秀吉の三木城の攻略の時の兵火により焼失し、享保八年(1723)十一月に再建したといわれております。

社殿は、茅葺を鉄板で覆うった、覆社(鞘社)の中に三社の本殿があり、天照大神の御誓子八柱神がお祀りされております。

当社の社叢は、兵庫県から「環境緑地保全地域」に指定されており、この地方では珍しい「アカガシ」の大木があり、威厳を感じさせています。

根元の穴は、狐か狸の棲家でしょうか?。

ご参考 :神戸市北区八多町柳谷字蓮池垣1090
     神戸電鉄 五社駅 西へ 徒歩 15分

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本社は、北区の東北、小名田地区に鎮座されております。

当社の創始について、「幡多明神由緒記」(文亀三年神祇大副ト部兼具撰)に次の様に記されております。

三十一代用明天皇の時、物部守屋が、六甲の嶺より遥か西方に、杉桧の森を望み、神霊のいますを信じ訪ねたところ、木樵がいて「天照大神は神代の昔から、この社に鎮座され、神功皇后に付き添って三韓を親征し、皇后は神のおしえに従いお祀りになった」と告げた。

守屋は斎戒し、謹んでおまつりし、神のお告げを受けて殿社を建て荘田を献じた。

延喜(901〜922)の頃に稲荷大神を配祀し、その後も十三社をも合祀い、「惣社」とか「十五社」とか称していたそうです。

本殿の前には、彩色鮮やかな狛犬が配されております。

この本殿は、神戸市の有形文化財に指定されております。

ご参考 :神戸市北区八多町小名田284
     神戸電鉄 道場南口駅 西方に徒歩20分
     JR三田駅 神姫バス 三木行き 宮ノ前下車 スグ南

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