神社巡り神戸、北区

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本社は、北区の東北、八多町の鳴川地区に鎮座されております。

周辺は、圃場整備が行われ、その中に小さな森が見えるが、その中に社殿があります。

当社の創建は不詳ですが、旧社殿が、享保四年(1719)に再建された事が記された古文書が残されております。

以前は、神仏習合で、八多町深谷の常法寺を別当として祭祀を行っていましたが、明治の初めに、感神社と改称しました。

当社の木彫りの狛犬も彩色が施されていた跡がありますが、剥げたのか或いは剥がしたのかが不明です。

この同じ町内に、八多神社があり、(後日ご紹介します)木彫りの狛犬が綺麗な彩色が施されております。

鳴川地区は、氏子数が少ない小さな集落ですが、宮守当番制があり、1年交替で、神社の維持管理を奉仕されています。また、秋の大祭後の直会の場を、当番の家で行われています。

拝殿の前の石灯籠は、明和五年三月(1768)の刻銘があります。

ご参考 :神戸市北区八多町西畑799−1
     JR三田駅 神姫バス 三木行き 西畑口 下車 南に2.5km

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本社は、神戸北区の北端、大沢町の中大沢地区に鎮座されております。

当社の創始について、次の様に云い伝えられております。

当社は、神仏習合のころ、牛頭天王社と称して、薬師如来を祀っていました。

和田盛遠の子孫、和田善盛が当地に留まり、神社の側に日照山法庵と称する寺庵を建立し、良観と改名して社坊となり、神社を管掌していたそうです。

しかし、天正八年(1580)羽柴秀吉の三木城攻略の兵火に合い、本庵は焼失し、その後石峯寺の管掌になったそうです。

その後の調査の結果、薬師如来像、棟札等は焼損したが、三祭神、本殿は安泰であり、寛永年代(1624〜)に再建されたそうです。

当社の 鎮守の森 は、市の 天然記念物に指定 されており、しいの木が大木で主体ですが、中にウラジロガシが混生しています。

その他、モチノ木等が生育しており、内陸部では数少ない 自然植生の照葉樹林 で、天然記念物に指定されています。

手水舎はすごく綺麗で、手拭などが備えられ、気持ち良く参拝させて頂きました。

ご参考 :神戸市北区大沢町中大沢660  TEL078-954-0218  
     JR三田駅 神姫バス 渡瀬行き  中大沢 下車 南へ15分

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本社は、神戸北区の最北端、大沢町の市原地区に鎮座されております。

当社の創建については不詳ですが、言い伝えのよると、
同、北区の長尾町、上津に鎮座されております、大歳神社のご分霊を奉祀したとされています。

その後、肥前の国、浪士仲井守国(紀守国)が、この地に居住し、当社を崇敬して自ら大願主となり、永正八年(1511)に新社殿を建立し、伊勢の豊受大神を勧請し、社名を「豊歳神社」と改称したそうです。

本殿は、春日造りで覆屋内にあるため、保存状態が極めて良く、建築様式から見ても、 室町時代後期の建築 といわれ、昭和54年に 国の重要文化財 に指定されました。

昭和61年より、18ヶ月を要して、保存修理事業を完了し、往時をしのぶ本殿の再現を見るに至ったそうです。
説明書きによりますと、特に注目されるのは、彩色と彫刻です。

彫り物では、正面上部の雲龍や欄間の透かし彫りなどが精巧です。

向拝柱(前方庇を支える柱)上部の組み物や、彫りの技法は、他に見られない珍しいものです。

ご参考 :神戸市北区大沢町市原字月方631  TEL078-986-5383 宅原一之宮神社兼務社
     JR三田駅 神姫バス 渡瀬行き 市原口 下車 北へ 徒歩15分

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本社は、神戸北区の最北端、長尾町上津地区に鎮座されております。

当社の創建は不詳ですが、言い伝えによりますと、

この地区は、太古には湖で、加古川の上流にあたり、後に現在の加古川の水流となったが、水が引くにつれて、埋め立て開墾され、水田農耕地となったようで、古代の水田畦の跡も発見されています。

当神社の後方は、その湖水の銚子の口にあたるため、寛政四年(1792)十月、京都吉田神祇道より、神宣啓状を得て、水神である、「上筒男命」「中筒男命」「底筒男命」を祀り、住吉大明神・船着大明神と称しました。

境内の拝殿前の石灯籠は、宝暦九年(1759)と寛政十二年(1800)の刻銘があります。

当地区の民家では、「鯉のぼり」が力強く元気に泳いでおり、端午の節句の近かづきを伝えていました。


ご参考 :神戸市北区長尾町上津字二反田4288   TEL078-986-5383 宅原一之宮神社兼務社
     JR三田駅 神姫バス 渡瀬行き 岩谷口 下車 北に30分

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本社は、神戸、北区の最北端、大沢町の上大沢地区に鎮座されております。

当社の創建に就いては不詳ですが、言い伝えによりますと、
昔、播磨国の廣峯神社より、ご分霊を勧請し、この村の、平の森に「牛頭天王」と称して祀ったそうでが、文明十年(1478)に、村の中央に社地を定め、新社殿を造営し、社名を「感神社」と改めました。

明治維新となって、三田九鬼藩の家臣、小寺泰次郎の取調べがあり、「祭神威容厳然たり、以降慎重に祭祀を行うべし」と命ぜられました。

その後、社名を「素盞雄尊社」と改名したそうです。

当社の祭礼で、4月3日に春祭りがありますが、地区の農会長が籾種(稲作の種)を持参し、五穀豊穣の祈願を行うそうです。

また、小学校に入学する児童たちは、父兄と共にお詣りして、安全祈願祭を行います。

標柱の注連縄に稲穂の束が吊り下げてあります。

この稲穂、年末に新しくつけられてから、すずめ等の野鳥に食べられていないのが不思議です。


ご参考 :神戸市北区大沢町上大沢552      TEL078-954-0566
     JR三田駅 神姫バス 社行き、寺前下車 東に徒歩5分 

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