神社巡り神戸、西区

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赤羽神社(あかばじんじゃ)のご紹介です。




本社は本社は、西区、伊川谷町の南部、明石市との境界に近く、明石城(明石公園)より北東に1kmの所で、神明神社の400m東に鎮座されております。
当社の創建は、聖武天皇十八年に勧請と云われています。

この十八年とは、天平十八年(746)か、あるいは、即位からだと十三年(741)で、
延喜の選定よりさかのぼること、百五、六十年前の事となります。

「播磨名所巡覧絵図」には、赤羽神社の御祭神を、垂仁天皇の御代、天日槍が将来した、「羽赤玉」と考えたことにより、赤羽神社の名前が起こったとされております。

また、明石郡の郡名の起源も、ここからだともいわれております。

参道は広く楼門までの距離は長く、境内も広いが、鳥居が無い。

入り口の社務所の近くに古い手水鉢があり、上面には盃状穴がみられます。

拝殿前の灯籠は弘化二年(1845)の刻銘がありますが、これより古い物は見当たりません。



ご参考 :神戸市西区伊川谷町潤和1445
     JR明石駅 神姫バス 太山寺行き 白水橋下車 東へ15分

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神明神社(しんめいじんじゃ)のご紹介です



本社は、西区、伊川谷町の南部、明石市との境界に近く、明石城(明石公園)より北東に1kmのところに鎮座されております。

また、すぐ東側には135度子午線通過地点があり、日本標準時の明石であることの印象が強いところです。

当社の創建については、正徳四年(1714)正月十六日に、神體皇大神を勧請したとされて
います。

そして、明石城主、松平日向守直明が鬼門除けの神として崇敬篤く、月1回の参詣を欠かさな
かったといわれています。


しかし、松平日向守直明は元禄十四年(1701)に亡くなっており、当社由緒とは矛盾が
ありますが、近隣の他社は、元禄初期(1688〜)の創建が多く当社もその時代と推測されます。

境内には、現在の社殿が昭和四十八年三月に再建された記念碑があります。

また、その右には、正徳四年奉納の「手水鉢」があります。上面に多数の「盃状穴」がみられます。

社殿には、あちこちに城主松平の葵の紋が入れられております。

灯籠の製作年代は全て判読出来ませんが、創建当時の物ではないかと、思われます。


ご参考 :神戸市西区伊川谷町潤和1798
     JR明石駅 神姫バス 太山寺行き 白水橋下車 南へ15分

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永井谷(ながいたに)大歳神社(おおとしじんじゃ)のご紹介です。



本社は、西区、伊川谷町、永井谷地区の山麓に鎮座されております。

当社の創建は不詳ですが、当地区は、越前藩主から、明石藩主になった(天和二年)松平直明によって開拓された所で、その威徳を称えて、配祀されたとも伝えられており、元禄終期(1703)の創建と考えられます。


この地は、伊川谷の西部の細長い谷間にある集落なので、江戸時代は、長井村(永井村)といっていたそうで、境内には、古里の謡(うた)として、歌碑があります。

     「長井谷とは 隠れの里よ 人の気も善い 暮らし良い」

境内は、桜が多く植えてあり、この地区の桜の名所となっています。

また、多くの鳥のさえずりが聞こえますが、私には撮影出来そうにもありません。

石造物の鳥居、灯籠など平成四年に奉納されていますが、古い灯籠も風化と欠損があるものの、大切に保存されております。

拝殿の前のカヤの木に、昨年の羽化しなかった、山繭(やままゆ)がくっついており、何故なのか不思議でしたがそのままにしておきました。


ご参考 :神戸市西区伊川谷町井吹530
     明石駅 神姫バス 太山寺行き 伊川小学校前 下車 北へ40分

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漆山厳島神社(うるしやまいつくしまじんじゃ)のご紹介です


本社は、西区、伊川谷町有瀬地区の漆山に鎮座されております。
東には神戸学院大学、北側には高層住宅が立ち並ぶ、市街地の中で、保育園と同居しています。

参拝には、保育園の広場を通るため、不審者に間違えられないか、気掛かりになります。

当社の創建は不詳ですが、棟札等により、明石藩主松平直明が当地の開拓を行った、貞享年間(1684〜1688)から元禄時代の以前の創建とされています。

現在の社殿は、昭和十三年五月に再建され、石造物の鳥居、狛犬、手水鉢などもその時新しく奉納されております。

当社での古い物では、唯一石灯籠の天保三年五月(1832)があるのみで、鎮守の森も若い木が多く見かけられます。

祭礼神事や、維持管理は、氏子の輪番制がとられております。


ご参考 :神戸市西区伊川谷町有瀬554
     JR明石駅 神姫バス 神戸学院大学行き 同下車 西へ5分

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= 生田八幡神社(いくたはちまんじんじゃ)のご紹介です =


本社は、西区、伊川谷町の有瀬地区の市街地の中に鎮座されております。

境内入り口は、市民公園になっており、周囲はマンションで取り囲まれています。

当社のの創建は不詳ですが、明石城主、松平直明が開拓した農地の水を、太山寺、石戸より疎水を設け、この地の水田を潤し、「田が生きた村」で生田村となったそうです。

そして、この地に松平直明が最も崇拝した、厄除け八幡を祀ったのが始まりと伝えられております。
水路開通の正月(元禄十年頃1696)の卯の日に社殿を新築し、餅撤神事が斎行されたそうです。

当社の配置図のスケッチをしたいたところ、10数人の子供に取り囲まれて、

「おっちゃん〜、絵うまいな〜〜。」

うれしいやら、恥ずかしいやら〜大変でした。


ご参考 :神戸市伊川谷町有瀬1084
     JR明石駅 神姫バス 神戸学院大学行き 下車 北へ5分

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