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神社巡り神戸、西区
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本社は、西区、伊川谷町の南部、明石市との境界に近く、明石城(明石公園)より北東に1kmのところに鎮座されております。 また、すぐ東側には135度子午線通過地点があり、日本標準時の明石であることの印象が強いところです。 当社の創建については、正徳四年(1714)正月十六日に、神體皇大神を勧請したとされて います。 そして、明石城主、松平日向守直明が鬼門除けの神として崇敬篤く、月1回の参詣を欠かさな かったといわれています。 しかし、松平日向守直明は元禄十四年(1701)に亡くなっており、当社由緒とは矛盾が ありますが、近隣の他社は、元禄初期(1688〜)の創建が多く当社もその時代と推測されます。 境内には、現在の社殿が昭和四十八年三月に再建された記念碑があります。 また、その右には、正徳四年奉納の「手水鉢」があります。上面に多数の「盃状穴」がみられます。 社殿には、あちこちに城主松平の葵の紋が入れられております。 灯籠の製作年代は全て判読出来ませんが、創建当時の物ではないかと、思われます。 ご参考 :神戸市西区伊川谷町潤和1798
JR明石駅 神姫バス 太山寺行き 白水橋下車 南へ15分 |

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本社は、西区、伊川谷町、永井谷地区の山麓に鎮座されております。 当社の創建は不詳ですが、当地区は、越前藩主から、明石藩主になった(天和二年)松平直明によって開拓された所で、その威徳を称えて、配祀されたとも伝えられており、元禄終期(1703)の創建と考えられます。 この地は、伊川谷の西部の細長い谷間にある集落なので、江戸時代は、長井村(永井村)といっていたそうで、境内には、古里の謡(うた)として、歌碑があります。 「長井谷とは 隠れの里よ 人の気も善い 暮らし良い」 境内は、桜が多く植えてあり、この地区の桜の名所となっています。 また、多くの鳥のさえずりが聞こえますが、私には撮影出来そうにもありません。 石造物の鳥居、灯籠など平成四年に奉納されていますが、古い灯籠も風化と欠損があるものの、大切に保存されております。 拝殿の前のカヤの木に、昨年の羽化しなかった、山繭(やままゆ)がくっついており、何故なのか不思議でしたがそのままにしておきました。 ご参考 :神戸市西区伊川谷町井吹530
明石駅 神姫バス 太山寺行き 伊川小学校前 下車 北へ40分 |

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本社は、西区、伊川谷町有瀬地区の漆山に鎮座されております。 東には神戸学院大学、北側には高層住宅が立ち並ぶ、市街地の中で、保育園と同居しています。 参拝には、保育園の広場を通るため、不審者に間違えられないか、気掛かりになります。 当社の創建は不詳ですが、棟札等により、明石藩主松平直明が当地の開拓を行った、貞享年間(1684〜1688)から元禄時代の以前の創建とされています。 現在の社殿は、昭和十三年五月に再建され、石造物の鳥居、狛犬、手水鉢などもその時新しく奉納されております。 当社での古い物では、唯一石灯籠の天保三年五月(1832)があるのみで、鎮守の森も若い木が多く見かけられます。 祭礼神事や、維持管理は、氏子の輪番制がとられております。 ご参考 :神戸市西区伊川谷町有瀬554
JR明石駅 神姫バス 神戸学院大学行き 同下車 西へ5分 |

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= 生田八幡神社(いくたはちまんじんじゃ)のご紹介です = 本社は、西区、伊川谷町の有瀬地区の市街地の中に鎮座されております。 境内入り口は、市民公園になっており、周囲はマンションで取り囲まれています。 当社のの創建は不詳ですが、明石城主、松平直明が開拓した農地の水を、太山寺、石戸より疎水を設け、この地の水田を潤し、「田が生きた村」で生田村となったそうです。 そして、この地に松平直明が最も崇拝した、厄除け八幡を祀ったのが始まりと伝えられております。 水路開通の正月(元禄十年頃1696)の卯の日に社殿を新築し、餅撤神事が斎行されたそうです。 当社の配置図のスケッチをしたいたところ、10数人の子供に取り囲まれて、 「おっちゃん〜、絵うまいな〜〜。」 うれしいやら、恥ずかしいやら〜大変でした。 ご参考 :神戸市伊川谷町有瀬1084
JR明石駅 神姫バス 神戸学院大学行き 下車 北へ5分 |

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