神社巡り神戸、西区

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(西区、押部谷町)八柱神社(やはしらじんじゃ)のご紹介です。



当社は、寛政二年(1790)八月二十日の創建と伝えられております。

当社はもともと八柱神社を祀っていましたが、同じ高和地区の下司境内に鎮座していた、大歳神社が大正五年四月十日に移転となり、大歳神・愛宕神・稲倉魂命・武甕槌命の四柱を合祀しています。

この地は西側は、西神ニュータウン・工業団地がの開発行われ、昭和五十三年九月に現在地に、新社殿を建立し移遷されました。

この周辺、東北に掛けての広大な土地は、「都市と農村との交流」をテーマにした、農業公園が広がり、この中には「神戸ワイン城」があり、ワインブドウ園、梨園、神戸牛飼育牧場、などが広がっております。


ご参考 :神戸市西区押部谷町高和1547−5
     市営地下鉄 西神地下鉄 神姫バス 押部谷行き 性海寺下車 すぐ

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可美真手命(うましまでのみこと)神社のご紹介です



本社は、西区、押部谷町の細田地区の住吉神社の東にある標高40mの小高い山の上に鎮座されております。

当社の創建はきわめて古く、成務天皇十九年(149)三月九日と伝えられております。
その後、天平勝宝六年(754)九月十三日、摂津の国住吉大社の社家であった津村連が、
楯神、鉾神、と共に住吉大神を勧請し、この地に鎮座されました。


永禄二年(1559)六月29日に現在の住吉神社(http://blogs.yahoo.co.jp/dekunobou36/35311799.html)に移遷されました。

この山を、「宮山」、あるいは、「元住吉山」と云われております。

また、この住吉山は、昭和三年に、縄文土器が発見され、「元住吉山遺跡」と名付けられ西日本における縄文時代後期後半の標本遺跡となっています。


ご参考 :神戸市西区押部谷町細田1323
     市営地下鉄 西神中央駅 神姫バス 押部谷行き 住吉前下車 3分

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= 近江八幡神社(きんこうはちまんじんじゃ)のご紹介です =


本社は、西区、押部谷町の近江(きんこう)地区に鎮座されております。

この近江(きんこう)の地名は、法道仙人、大化二年(646)開基の、真言宗近江山近江寺の門前村で
この寺名を地名としています。

「近江」は法道仙人が、近江(おうみ)の湖水で拾った異木で観音像を作り、寺を建ててこの地に安置し、近江の国にちなんで、近江(きんこう)と称したそうです。

この近江寺の創建に当り、鎮守社として当社が創建されました。
現在の寺の本堂は、寛文二年(1662)に再建されており、当社もその頃に建てられたようです。

この近江地区は、戸数わずか7戸で、毎年交代で管理されています。

石灯籠は、火袋から上はありませんが、天保十三年(1842)の刻銘があります。

また、境内の石段には大きな盃状穴があります。


ご参考 :神戸市西区押部谷町近江71
     市営地下鉄 西神中央駅 市バス 押部谷行き 上細田下車 東に20分

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西盛日吉神社(にしもりひよしじんじゃ)のご紹介です。



本社は、西区、押部谷町の北部、雄岡山の南麓、西盛地区に鎮座されております。

当社の創建は、第六十九代、後朱雀天皇の御代の長久四年(1043)と伝えられております。

当社は平成五年七月十九日に不慮の災火により焼失しましたが、崇敬者の努力により、平成六年に再建されました。

夏祭り(七月第四土曜日)には、小学生以下の子供が、行燈に文字や絵を書き、境内に吊るし夜になって点灯し皆で楽しむ等があり、また境内で、畳み半畳に「イノシシ」の絵を描いた紙を張り、弓で射る神事が斎行されます。

これは、イノシシなどに、稲穂を喰い荒らされないように願った神事だそうです。

秋祭り(十月二十二日)には、地区の小学生による、神事相撲が奉納されます。


ご参考 :神戸市西区押部谷町西盛652
     市営地下鉄 西神中央駅 神姫バス 押部谷行き 西盛下車 西北15分

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社道神社(しゃどうじんじゃ)のご紹介です。



本社は、西区、押部谷町の養田地区、西神ニュータウン工業団地との境の丘稜地に鎮座されております。

当社は、元亀元年(1569)一月十五日の創建と伝えられており、「播磨名所絵図」には、

三木城主、別所長治公の祈願所と記載されているそうです。

当社の社号の「社道(しゃどう)」の由来が解かりませんが、通称、「権現(ごんげん)さん」といわれ養田村の鎮守として崇敬されております。

権現とは、権(仮に)現(あらわれる)とのことで、神仏習合についての仏側からの説明で、「仏が神に
なって現れている姿」を言うとのことのようです。

この付近からは、弥生時代中期の集落跡である「養田中の池遺跡」が発掘されております。

また、近くにはガマの穂が綺麗な赤褐色になり風に揺れていました。

この花粉は漢方薬で、皮をはがれた因幡(いなば)の白兎がガマの穂にくるまったのはわけあってのことでした。


ご参考 :神戸市西区押部谷町養田253
     市営地下鉄 西神中央駅駅  北へ20分

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