神社巡り、芦屋市

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芦屋市、打出天神社(うちでてんじんしゃ)のご紹介です。


当社は、JR芦屋駅の南東700mの所、国道2号線の南側に鎮座されております。

この地は、有名な伝説の「打出の小槌」の打出小槌町ですが、当社は隣の春日町となっています。

当社の由緒には、
当神社が鎮座する打出は、西国街道が箕面の山麓から武庫の平野を横断して、初めて海岸に
打ち出る地点であった。

また、神功皇后と麛坂・忍熊皇子に由来する打出の浜。

さらに打出の小槌の伝説のある所である。

古くから交通の要所である打出は、幾度となく戦火にまみれ、又この大戦(太平洋戦争)にも
本殿はじめ焼失し、当神社には古記録はない。

それ故当神社の創建は明らかでないが、古来、産土神を祀っていたものを、天神信仰が盛んに
なり、天神さま(菅原道真公)を勧請したものと思われる。

この地が古くから交通の要地であったので、天神信仰が早くから伝わったと思われ、天暦元年
(947)に北野天満宮に道真公が祀られて、ほど遠くない時期に勧請されたとみたい。

又、時代は下がるが室町時代には北野社(天満宮)領の葦屋荘の記録があるのも、なにかしら
深い縁がある。

当社のすぐ南には、「金津山古墳」、西には「打出小槌古墳」がありますが、打出小槌古墳については、
ごく最近になって全容が解かったそうです。

阪神大震災で住宅が破壊されたため、その住居跡を平成11年7〜8月に芦屋市教育委員会で発掘調査がされ古墳が確認されたそうです。

古墳は5世紀後半の頃らしく、全長90mもある前方後円墳であることがわかったそうです。

芦屋は本当に古墳の多いところです。古くは大阪方面の有力者の墓場だったのでしょうか???。

縁起のいい、打出の小槌にのった商品などと、伝説を次にご紹介します

芦屋の神社は全部で6社ですが、当神社で終了しました。次は明石市、西宮市などをご紹介させていただきます。宜しくお願いします。

ご参考 :芦屋市春日町1−21
     阪神電鉄 打出駅 北東200m
     JR芦屋駅 南東 700m

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当社はJR芦屋駅から東北に2kmの岩園町、北部に鎮座されております。
この地区は、昔は岩ヶ平(いわがひら)と云われ、現在もその名称は残っています。

また、当社も岩ヶ平天神社と呼ばれていたようです。
当社はうっそうとした広葉樹の森の中にありますが、すぐ北側は高級住宅地の六麓荘町
(ろくろくそうちょう)で、西宮から大阪の町並みが見渡せるところです。

当社の創建は不詳ですが、境内の記念碑には「創建は元禄以前と伝えられる」と記されております。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1575829/img_1575829_37715602_0?1193426240

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1575829/img_1575829_37715602_1?1193426240

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1575829/img_1575829_37715602_2?1193426240

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1575829/img_1575829_37715602_3?1193426240

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1575829/img_1575829_37715602_4?1193426240

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1575829/img_1575829_37715602_6?1193426240

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1575829/img_1575829_37715602_7?1193426240

社殿の裏(北側)には古墳址が二つありますが、原形をとどめておりません。
近くには多くの古墳があり、「八十塚(やそづか)古墳群」といわれ、1.5〜2万年前の旧石器時代の石のナイフや縄文時代の石器類が出土しています。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1575829/img_1575829_37715602_8?1193426240

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1575829/img_1575829_37715602_9?1193426240


また、境内の南には、江戸時代末期に建てられた修験道の開祖である、役行者(えんのぎょうじゃ)の碑があります。
この場所は、古墳址のようです。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1575829/img_1575829_37715602_10?1193426240


役行者碑の裏側に、赤紫色の花が一本だげ咲いていますが、葉っぱが無く何か良く解かりません。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1575829/img_1575829_37715602_11?1193426240

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1575829/img_1575829_37715602_12?1193426240



ご参考 :芦屋市岩園町43−1
     JR芦屋駅から東北に2km。

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阿保天神社(あぼてんじんしゃ)と阿保親王塚のご紹介です


当社は、JR芦屋駅のすぐ東の、上宮川町に鎮座されております。

創建については、不詳ですが、御祭神は、阿保親王、在原業平朝臣公、の御父子と、菅原道真公の
三神がお祀りされております。
御由緒碑には、
阿保親王は、第五十一代平城天皇の第一皇子で、そして在原業平朝臣公は親王の第五番目の御子です。

阿保親王は、承和九年(842年)十月二十二日摂津の国、芦屋の里(其の館跡地が現在の打出町
親王寺と伝えられています)で、御歳五十一歳をもって亡くなられました。

毎年十二月一日に阿保親王の威徳を偲び宮内庁が祭祀となって、市内有志が相集い親王塚後墓前で
ご正辰祭が挙行されます。

境内社に大国神社があり、その鳥居の前の舟形手水鉢には、大きな盃状穴があります。
今までの調査した中では、一番大きいものです。

阿保親王塚のご紹介です


下の5枚の写真が、阿保親王塚です。説明書には、

平城天皇の皇子、阿保親王(792〜842)がまつられており、親王は深く打出浜の眺望を愛で
ここに別邸を営んで風月を友とせられたという。

周囲350mの陵域は、旧打出村の自然美を伝え、塚は古代の円墳で、径約36m、高さ3mあり
周壕をもつ。

伊勢物語「芦屋の段」でゆかりのある、在原業平は親王の御子である。

拝所の正面にある四対の石燈籠(一対は阪神大震災により滅失)は長州藩主毛利候の寄進といわれ
ている。

親王塚は、現在宮内庁で管理されており、毎年12月の命日は正辰祭が行われている。

ご参考 阿保天神社 :芦屋市上宮川町43−1

           JR芦屋駅南口より東南東に200m

    阿保親王塚 :芦屋市翠ヶ丘町11

           JR芦屋駅北口より北東に1km

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日吉神社(ひよしじんじゃ)のご紹介です


当社は、神戸市東灘区との境界近くの津知町に鎮座されております。

この地区は、先の平成7年の大震災で殆どが倒壊、当社も被害を受け、昨年に立派に再建されました。

周辺の住宅も殆どが新築されており、道路の整備も行われております。

当社の由緒書には次のように書かれております。
当社の創建は不詳ですが、古来山王権現社と称せられ、この地の産生神で遠く近江国坂本の
日吉大社の御分霊をご鎮座申し上げ、
大山昨大神(おおやまくいのおおみこと)を祭神とし、
当神社は六甲山諸峯を奉拝し、国土安泰、諸民繁栄の守護社である当社内、
弁天島に永正十四年(1517)つち(槌)村の在銘ある石合籠があり、
旧津知村が古い由緒地であることが知られる。

明治六年八月に村社格、加列し現在に至る。


ご参考 :芦屋市津知町6−9
     JR甲南山手駅、東南へ5分

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芦屋市、三条八幡神社(さんじょうはちまんじんじゃ)のご紹介です


当社は、神戸市東灘区に隣接する三条町に鎮座されております。

主祭神は、八幡皇大神(やはたのすめおおみかみ)。

当社の創建は不詳ですが、明治十二年の「神社明細書」には次のように記載されております。
当神社は「八幡宮」とも称し、旧三条村の氏神として古来よりの鎮守とされており、
古伝に行基菩薩建立と伝えられる「法恩寺」の守護神として、勧請された。

元禄五年(1691)の寺社吟味帳には、社名、建物、敷地を記載されているが、出来年暦
は知不申と書上らる。

三条の地名は元徳二年(1330)頃、五位源吾兵衛という人物が開拓し、地名の謂れは、京都の三条の町名とも、条里制の三条とも云われております。

境内には、境内社の「一願社」「春日社」「稲荷社」「大日社」が鎮座されております。

一願社の社の中に、陶のお面が奉納されていますが、いわれはよく解かりません。

また、社殿の東側には、「山之神」が祀られています。その入り口の手水鉢に大きな盃状穴が多数穿かれております。

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