西宮市、鳴尾(なるお)八幡神社(はちまんじんじゃ)のご紹介です。
御 鎮 座 地
当神社は、西宮市の南東部、鳴尾地区、上鳴尾町の民家の中に鎮座されております。
参道入り口の大鳥居の直前には、阪神電鉄が走っていますが、これより約200mほど進んだところに社殿となっています。
御 由 緒
当社の創建は、神社伝承によると、「文安(ぶんあん)年代(1444〜1448)に創建される」とあり、兵庫県神社誌には「由緒、創立年月不詳なれども鎮座地の鳴尾本郷は文明年代(1469〜1488)既に人烟盛(じんえんさかん)なる処なれば当村の創立も其以前の事なるべし。其後、本村七箇村一郷の鎮守と仰ぐ。
降って有栖川宮家は、累世当社を崇敬せられ、度々幣帛及び御歌の御寄進あり。
近くは慶応三年(1867)有栖川宮熾仁親王は御染筆の八幡宮の扁額及び白銀拾枚を奉献せられた」とあります。
明治六年八月に村社に列せられました。
社 殿
社殿は、文化八年(1811)に再建された瓦葺拝殿に、檜皮葺(ひわだぶき)三社春日造りです。本殿は当時近郊においては珍しい様式でしたが、惜しくも平成七年の阪神大震災でほぼ全壊してしまいました。
その後、平成12年3月に再建復興され、新しい社殿となりました。
又、拝殿の八幡宮の扁額も社殿倒壊の際に破損したため、現在のものは復元されたものです。
砂浜神社碑 (文房四神碑)
立て札には次の様に書かれています。
四神とは、筆、墨、硯、紙、の四柱の意味で、本町辰馬の辰馬主計が元文四年(1739)、現在の南甲子園地区一帯、約拾町歩を鳴尾村から譲りうけて開墾したのが砂浜新田で、主計は大阪町奉行の許可を得て新田の鎮守の神として天照大神を勧請し、砂浜神社と称しました。
大阪の画家、大岡春トをはじめ全国より文人墨客が集い、いつしか、文房、学問の神と伝承される。
大正元年十一月、碑と共に当八幡神社に合祀されました。
この建碑の趣旨を今に生かされるように、当社の田中穂積宮司は、書、画、陶器の個展を毎年欠かさずに、神戸・大阪などで開催されておられます。(参考:今年の作品展↓)
秋 祭 り で は 阪 神 電 車 も 止 ま る
当社の参道は以前は海岸(現阪神パーク近く)まで続いていたそうで、毎年、夏祭りは、7月9日、秋例祭は、10月20日に行われています。
阪神電鉄が開通したころの秋祭りでは、神輿、太鼓などが、神社の前の踏切を渡るとき、数十分にわたって電車を止めたそうです。
現在のように電車が高速になって、電車が通過するのを人が待つというのが常識となっているのを思えば、なんとも悠長な時代が思い起こせる実話です。(最初の写真)
ご参考1. :西宮市上鳴尾町14−21
阪神電鉄 甲子園駅 東に400m 5分
ご参考2. 第34回 田 中 穂 積 作 品 展 (書、画、陶器、他)
5月22日(木) 〜 27日(火) 午前11時より午後7時
会 場 : ギャラリー アライ 西宮市甲子園6番町14-2 TEL0798-42-2263
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