神社巡り、宝塚市

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宝塚市、西谷地区、香合(こうばこ)住吉大明神のご紹介です。


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宝塚市神社巡り、最後のご紹介です。


宝塚市の最北端、香合新田(こうばこしんでん)地区は、戸数7戸の静かな山村です。

その奥の山の中腹に、香合(こうごう)の産土神「住吉大明神」が鎮座されています。

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寛政六年(1794)の刻銘のある石灯籠にはさまれた石段を登ると

赤い屋根の小さい社殿があります。

萱葺きにトタンをかぶせた屋根が異様に大きく感じますが、いわゆる覆い屋で、

中に本殿が納められております。

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当社の創建は不詳ですが、本殿の丸札(円形の板)には、

川合大明神   延宝三年(1675)極月(12月)吉日   遷社

と記されております。

当社は古くから、住吉大明神とされておりますが、

住吉神社は海にまつわる神社ですが、なぜこの山深い地に祀られたのか

地元の方々も解からないとのことです。

しかし、その後の調査で、源満仲が安和元年(966)大阪の住吉神社の

明神の託宣により、この地、多田庄の開発を行ったとされています。



拓本をとってみました


社殿の軒下に歌が奉納された絵馬(?)があると地元のかたから聞き、

見たところ何も書かれていない。

しかし、よくよく見ると墨で書かれて部分だけがわずかに凸でおります。

年代が記されているのに興味を持ち、拓本をとってみました。

享和元年(1801)の三十首献歌板であることが解かりました。

2枚とったうち、きれいな1枚を香合地区にお渡ししました。

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瓦 焼 き の 狛 犬


瓦と同じ土と焼き方がされた狛犬です。

本当は何と言うのでしょう?

神戸市の北区には時々見かけたことがありました。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1587598/img_1587598_44422893_10?1220621054

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これにて宝塚市の神社と史跡などのご紹介が終わりました。

長々と掛ってしまいましたが、皆様のお蔭で最後まで続けることが出来ました。

本当にありがとうございました。深く感謝を申し上げます。


引き続き、隣町、川辺郡猪名川町、銀山で栄えた多田庄をご紹介させて戴きます。

今後も何卒宜しくお願い申し上げます。


    


   

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宝塚市、上佐曾利神社(かみさそりじんじゃ)のご紹介です。



御  鎮  座  地


当神社は、宝塚市の西谷地区の奥、上佐曾利(かみさそり)の西の高台に鎮座されております。

周辺は田園が広がり、特産のダリアがいたる所に栽培されております。

境内入り口には、萬正寺(真言宗大覚寺派)があります。


御  由  緒


当社の創建は、天正七年(1589)秋、

行基菩薩(ぎょぎぼさつ)が萬正寺の鎮守として創建されました。

本殿は一間社春日造りで、十二回の再建が行われて

今日にいたっております。


萬正寺と行基菩薩については、



15歳で出家し諸国を回りながら、

各地に池を造り、橋を作り、お堂を建立した行基は、

聖武天皇発願の東大寺大仏造立のため、

朝廷より請われて勧進の行に出発、

隣村の東光寺創建の折、上佐曾利にも足を運ばれて、

清い山あいの里に感得され、

自ら薬師如来像を刻まれて本尊となし、

萬正寺を興されました。


木 彫 り の 狛 犬


ご本殿の前には、立派な木彫りの狛犬があります。

彩色は剥がれていますが、往時の鮮やかさがしのばれます。


石 灯 籠 の 盃 状 穴


参道入り口、鳥居の前の石灯籠には、数箇所の盃状穴が穿かれております。

また、石段の上り口の、金比羅大権現と刻銘の石灯籠に、

盃状穴が穿かれていますが、苔に覆われています。



ご参考  :宝塚市上佐曾利字寺ノ上5番地

      

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宝塚市、下佐曾利神社(しもさそりじんじゃ)のご紹介です。


御 鎮 座 地


当神社は、西谷地区の北部、下佐曾利(しもさそり)の田園脇に鎮座されております。

元は上・下は無く、佐曾利(さそり)村で、地図で見る通り、サソリの尻尾に似ているから、

とも言われています。


御  由  緒


当社の創建は不詳で、神社誌にも記載がありません。

この村は古い歴史があり、「姓氏録」に、

摂津神別「羽束氏(はつかし)=山積族」の祖として

天佐鬼利命(あまのさきりのみこと)の三世、

斯鬼乃命をあげています。

この一族がここに住み、氏神として「佐鬼利命」

を祀ったともいわれております。(宝塚の風土記)


自 然 石 の 灯 籠


大きな自然石を重ねて造られた石灯籠には

奉納の刻銘が、弘化四年(1847)三月とあります。

自然石に刻銘はあまり見かけません。



手 水 鉢 に 盃 状 穴


境内入り口付近に苔に覆われた手水鉢が置かれています。

上面には多くの盃状穴があります。

正面には、「□ 宝 寺」(□が解読出来ません)とあり、

ここが往古は寺があったのか、あるいは、この手水鉢が

運ばれたのか、いい伝えも無く全く不明です。


境内の入り口に、イヌゴマの花が


イ ヌ ゴ マ (犬 胡 麻) 別名:チョロダマシ

名前は、果実が胡麻に似ているが、食べられない、役に立たないので。

また、別名は、欧州原産のハーブの仲間の

カッコウチョロギとよく似ているそうです。





    

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宝塚市、長谷(ながたに)素盞鳴神社(すさのおじんじゃ)のご紹介です。



御 鎮 座 地



当神社は、宝塚市西谷地区の北東、長谷(ながたに)に鎮座されております。(地図参照)

この旧長谷村は、銅、銀などの鉱業が盛んで、

長谷の千本鉱として大変栄えました。

近くのゴルフ場内には、豊臣秀吉の大阪城築城の基金と

なったと伝えられる鉱山の坑口があります。


御  由  緒



当神社の創建は不詳ですが、

当社の境内は、涼滝山・普光寺(ふこうじ)(京都大覚寺派)の一角で、

明治以前は寺の社僧によって、祭祀管理がされていました。

口伝では、天正(1573〜)以前の創建とも言われています。


御  本  殿 (県重要文化財)



現在の本殿は、近畿では珍しい三間社の切妻造りで、

正面中央に一間の向拝を付けています。

建立年代は、その様式から桃山時代か江戸時代初頭とされています。



本殿の向かいに、長床(ながとこ)(舞台)



本殿の向かいに長床(舞台)があり、

この床下をくぐって社前に出る参道形式がとられています。

この形式はこの長谷地区の東隣の猪名川町の神社に多く見られ

その影響と思われます。


境内に「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」 (県重要文化財)



南北朝時代の観応元年(1350)に立てられた

波豆産石材(流紋岩・りゅうもんがん)で、年代の記されている

宝篋印塔(ほうきょういんとう)としては、

現在のところ最も古いものとされています。


社殿前の砂盛(すなもり)



社殿の前には一対の砂盛があります。

これは、当社の秋祭り(10月第2日曜日)の前に

お清めの為に盛られるもので、祭りの1週間前に

「お当(おとう)」によって盛られます。

砂盛が見られるのは、この阪神地区では、西宮市の厄神天神社、

宝塚市の口谷春日神社の三社です。


長 谷 牡 丹 園 (ながたにぼたんえん)



当社に隣接して、牡丹園があります。

この画像は5月に撮影したものですが、

既に牡丹の季節は過ぎていました。

期間中は沢山の人出で賑わっています。



ご参考  :宝塚市長谷字道谷4番地

      JR宝塚線 武田尾駅 阪急田園バス 長谷公民館前下車 7分

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宝塚市、波豆(はず)八幡神社(はちまんじんじゃ)のご紹介です。



御 鎮 座 地


当神社は、宝塚市西谷地区の西部、旧波豆村の千刈水源湖(神戸市の水源、次回紹介)

の中央に突き出た丘陵の社叢の中に鎮座されております。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1587598/img_1587598_44108455_14?1218957514

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御  由  緒


当社の創建は、天延元年(973)に摂津源氏の祖、源満仲(みなもとのみつなか)の

弟、源満政(みなもとのみつまさ)が創建したと伝えられています。

満政は兄の満仲と共に官職を退き、兄満仲は多田の庄に、満政はこの波豆に隠棲しました。

名を律氏満政(りつしまんせい)と改め、仏道修行に精進していました。

ある時一人の童子が満政の前に宝珠を捧げ持って現れ、

「この宝珠は護国の珠なり、請う以て垂迹(すいじゃく)の印となせ、
朕(ちん)はこれ八幡麿(やはたまろ)(応神天皇)なり」

と述べられ宝珠を満政に手渡すとこつぜんと消え去りました。

満政はその場にひざまづき宝珠を捧げ垂迹の地を拝みました。

そしてこの地に宮社を築き、自ら一刀三拝の礼をもって神影を彫刻し

社に祀ったといわれております。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1587598/img_1587598_44108455_3?1218956771

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御 本 殿 (国指定重要文化財)


本殿は、応永十年(1403)に再建された、三間社流造(さんげんしゃながれつくり)の杮葺(こけらぶき)で、国指定重要文化財(戦前は国宝)とされています。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1587598/img_1587598_44108455_6?1218956771

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正 面 の 石 鳥 居


この鳥居は室町時代、応永三十二年(1425)に、千刈貯水湖の湖底から

産出した、流紋岩によって作られたものです。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1587598/img_1587598_44108455_9?1218956771

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手水鉢と灯籠基壇に「盃状穴」



古い手水鉢には多数の盃状穴が穿かれていますが、

風化が進んでおり、年代不明です。

北側入り口の灯籠の基壇には、左右共に

10数個の盃状穴が穿かれています。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1587598/img_1587598_44108455_12?1218956771


https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/a1/5a/dekunobou36/folder/1587598/img_1587598_44108455_13?1218956771




ご参考  :宝塚市波豆字谷田東掛2番地

      JR宝塚線 武田尾駅  阪急田園バス 波豆停留所スグ

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