神社巡り、川辺郡猪名川町

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猪名川町、原(はら)素盞鳴神社(すさのおじんじゃ)のご紹介です。


御 鎮 座 地


当神社は、猪名川町の南部、原地区の田園地帯の東端に鎮座されております。

当社の東側は、川西市と接する住宅地、「松尾台」で

能勢電鉄 日生線の終着駅、日生中央駅があります。


御  由  緒


当社の創建は不詳ですが、

本殿の修復と棟札があり、年代不詳ですが徳川中期ヵとされています。(兵庫県神社誌)

また、本殿の脇に置かれている棟札には、


寛政四年(1792)十二月二十三日 「奉造立御厨子二社 牛頭天皇・本地佛 威光自在処」

と書かれております。


境 内 の 砂 盛


拝殿の前と、本殿の左隣の境内社の秋葉神社と八幡神社の社殿前には、

砂盛があり、それぞれに榊が供えられております。

砂盛は、京都の上賀茂神社の「立砂」と呼ばれる盛砂が有名で、

神様が降臨された神山(こうやま)をあらわしているとされていますが、

この阪神地区で見られる盛砂は、祭礼の前に境内のお清めとして、

砂運びが行われるものです。


周 辺 の  そ ば 畑


当社の西側周辺の田圃では蕎麦(そば)が栽培されていて、

今が花盛りといったところです。

そばは一般的に痩せた土地でも生育することから、山間の畑地が多いようですが、

ここでは、減反政策として、水稲の転作に蕎麦を栽培されています。


耕作をなさってみえる方は、趣味の範囲と採算を度外視で、割り切って

栽培されているのでしょが、見る者にとっては残念でなりません。

しかし、ヒマワリやコスモスよりはいいのかも〜〜〜。



ご参考  :川辺郡猪名川町原字宮尾2

      能勢電鉄 日生線 日生中央駅 南西に800m

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猪名川町、上野 素盞鳴神社(うえの すさのおじんじゃ)のご紹介です。


御  鎮  座  地


当社は猪名川町の南部、町役場がある行政の中心地、上野地区に鎮座されております。

町役場から200mほど南の民家の中を、石段を登った苔が奇麗な鎮守の森に社殿があります。


御  由  緒


当社の創建は不詳ですが、

伝説の中に、神功皇后が三韓を征せられ、その帰途にこの地で難を避けたところから

筌野宮大神(うえのみやおおかみ)を奉祀したのが始まりとされています。


その後、元和元年(1615)、塩川の乱で社殿が焼失、復旧されるがその後も荒廃が

続き、明治17〜19年にわたり現在地に再建されました。


明治六年八月に村社に列せられております。


参 道 の 狛 犬 は 鋳 鉄 製


参道石段の手前にある狛犬は、鉄製です。

しかも・・・製作年代が、大清順治十五年(1658?)

      製作が   内官監鋳匠田大有作  と刻銘されています。

1658年と云いますと、日本では「万治元年」今から350年前になります。

この時代に、中国から鉄製の狛犬を輸入したのでしょうか。


社 殿 前 の 狛 犬


鉄製の狛犬の影響を受けたのか、この地方の一般的な狛犬とは少し異なっています。

タテガミとシッポが無いのも珍しい型のように思います。




ご参考  :川辺郡猪名川町上野字町廻り北山

      能勢電鉄 日生中央駅  阪急バス 上野下車スグ

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猪名川町、銀山、金山彦神社(かなやまひこじんじゃ)のご紹介です


御 鎮 座 地


当神社は、猪名川町の南西部、銀山地区の山に鎮座されております。

この地は古くより、銀銅が採掘され、周辺には資料館の悠久の館をはじめ、

代官所跡、鉱山跡の青木間歩、瓢箪間歩、台所間歩などが保存されています。



御  由  緒


当社の創建は、大同二年(807)銅山として賑わった頃に

山神として創建されたと伝えられています。


その後、天禄二年(971)、源満仲(みなもとの みつなか)の手によって

白金(銀)が掘り出されたとき、再建されました。


元和元年(1615)五月に大口間歩(坑道)にあった、

住吉社が兵変(大阪夏の陣)にかかり、また

六月には、瓢箪間歩(坑道)にあった、ひょうたんの宮が、

洪水と山崩れに遭い、両社が合祀されました。

明治六年に村社に列せられております。


ご  本  殿


覆い屋に納められている本殿は、一間社春日造り、杮葺きで、

建築年代不詳です。

覆い屋の隙間からのため、全景が解かり難い写真です。


拝   殿


この拝殿は、割り拝殿であるが、右側は土蔵になっており、

左側が拝殿、参集所となっております。

非常に珍しい形です。



ご参考  :川辺郡猪名川町銀山字瀬戸1
   
      能勢電鉄 日生中央駅  阪急バス 銀山公会堂前

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猪名川町、肝川(きもかわ)戸隠神社(とがくしじんじゃ)のご紹介です。




御 鎮 座 地


当神社は、猪名川町の南端、旧中谷村 肝川地区の山村に鎮座されております。

神社の南面はまだ静かな田園風景が残されていますが、

東には、猪名川台、北側全体は広大な、つつじヶ丘の住宅地が開発されております。


御  由  緒



当社の創建については明らかでありませんが、

往古より肝川村の鎮守として祀られてきました。

この神社は明治になるまでは「九頭大明神」と呼ばれていて、

水の神である「龍」が祭られていました。

水不足は日常生活だけでなく、農作物にも大きな損害を与え、

また大雨や長雨も様々な被害をもたらすことから、当時、

人々はこの神にほどよい水量を願ったことでしょう。

明治以降、戸隠神社と社名を改め、

祭神を天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)とされました。


御  本  殿



本殿は大永4年(1524年)の建立とされた一間社春日造です。

町内で最古の建築物で、国の重要文化財の指定を受けています。

室町時代の春日造本殿としてはめずらしく隅木をいれない正規の建物で、

時代の特徴がよく表された貴重な遺構です。

極彩色の見事な物ですが、建物の弛み、傾きなどがあり、

平成元年に解体修理され当時の姿に復元されました。


観 音 堂の 大 モ ミ


神社境内の東隣に、観音堂があり、

大きなモミの木があります。

兵庫県の中では第5位の巨木とされております。

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