川西市の史跡と風景

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川西市、自然石の常夜燈と盃状穴



川西市の北部を中心として、自然石の常夜燈が

そびえております。

常夜燈は、この字のごとく、一晩中明かりが灯り、

道中往来の目印の役目をはたしていましたが、

それとは別に、村人たちの願いがこもった、

信仰の対象ともなっていました。


竿(さお)には、信仰対象の神の名前が刻まれております。

例えば、皇大神宮、天照皇大神、金刀比羅宮、

    愛宕大神宮、秋葉大権現宮、などです。


これらは、ただ自然石を重ねただけの常夜燈ですが、

その殆どが、阪神淡路大震災にも倒れなかったそうで、

昔の技術の高さに驚かされます。


黒 川 地 区 の 常 夜 燈


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竿には、「秋葉大権現宮と愛宕大神」が刻まれております。

この両神共、火伏せの神様ですから村に火事が起らないことを

願ったものですが、毎年年末には注連縄を掛け替え、併せて

五穀豊穣を祈願されていたと思われます。


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台石には多くの 盃状穴 が穿かれております。

これは常夜燈を信仰の対象とされていたことを物語っています。



一 庫 地 区 の 常 夜 燈


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笹 部 地 区 の 常 夜 燈


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山 原 地 区 の 常 夜 燈


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西 畦 野 地 区 の 常 夜 燈


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出 在 家 地 区 の 常 夜 燈


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この常夜燈は地震で倒壊したようで、火袋が新しくなっております。

竿には、天照皇大神と両脇に、金刀比羅宮、愛宕大神、が刻まれています。

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川西市、西畝野の小童寺(しょうどうじ)と美女丸の伝説。



この「小童寺(しょうどうじ)」には、悲しい伝説が残されています。

10世紀に多田院(多田神社)を建立した源満仲は、

子どもの「美女丸」を僧侶にするため、中山寺(宝塚市)へ修業に出しました。
 
しかし、美女丸は武芸のまね事ばかりして、遊んでいました。

美女丸が十五歳になったある日、満仲は修業の成果を尋ねました。

和歌や管弦はもとより、経文も読むことができないのを知った満仲は怒り、

重臣の藤原仲光に「美女丸を切れ」と命じました。

主君の子の命を奪うことができず困り果てた仲光の姿を見て、

仲光の子、幸寿丸は「わたしが身代わりに」と合掌し、

まぶたを閉じました。

仲光は流れる涙をこらえ、わが子を切り、

美女丸をひそかに比叡山(滋賀県)に送り出しました。

後にこれを聞いた美女丸は、

修業に励み源賢僧都(げんけんそうず)となり、

(自分の身代わりに命を絶った)幸寿丸のために

この「小童寺」を建てました。

春には桜が、秋には紅葉が伝説を彩ります。(川西市ホームペ−ジより)



この伝説は、西宮市津門神社の前に美女丸の首を洗ったと言われる

「明星池」のご紹介の際と、http://blogs.yahoo.co.jp/dekunobou36/40363256.html

幸寿丸が修行に出された、宝塚市の中山寺の紹介の際にも

記載させて戴いております。



この本堂の裏には、美女丸、幸寿丸、藤原仲光、のお墓があります。


また、その隣に、室町時代後期と言われる、

「十三仏板碑」などがあります。


お詣りしていると、ケーン ケーンとキジの鳴き声が聞こえてきました。

土塀の瓦に乗ってのお出迎えでした。




ご参考   : 川西市 西畝野 1−7−1 

        能勢電鉄畦野駅下車 北西へ徒歩1キロメートル

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川西市の源氏祭りと懐古行列



清和源氏発祥の地、多田庄、多田神社を中心として、

源氏まつり が12日(日)、好天のもとに盛大に開催されました。


奉 納 射 会


多田神社境内の東端では、川西市弓道協会による

奉納 射会が、行われました。

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奉 納 剣 道 (神道夢想流杖術)


多田神社境内の西側では、

全日本剣道連盟の神道夢想流杖道の

模範演技のの奉納がありました。


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懐 古 行 列



源氏まつりの中心となる懐古行列は、

元ヤクルト監督、古田敦也氏が扮する

騎馬源氏武者、八幡太郎義家を一目見ようと

大勢の人出で賑わいました。

古田氏は、川西市の出身でもあります。


先頭は、早稲田摂陵高校ウインドバンドの演奏。

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川西市、勝福寺古墳(しょうふくじこふん)


勝福寺古墳は、明治24年(1891)、壁土採りの際

偶然横穴式石室の入り口が出てきて、その中から

神獣鏡や六鈴鏡、馬具、須恵器などの副葬品が出土しました。


初めての発掘調査は、昭和46年に川西市教育委員会に

よって行われました。

この調査で、南側の墳丘から木棺の痕跡が見つかり、

金製耳環、銀製クチナシ玉、鉄刀、鉄鏃(てつやじり)が、

埋葬された状態で出土しました。


平成13〜16年の調査で、全長40mの前方後円墳で

あることが明らかになりました。


古墳の作られた時期は、6世紀初め頃と考えられ、

北陸から畿内に入り即位した、応神天皇の5世の

継体大王に関係した豪族ではないかと考えられて

います。


現在、勝福寺古墳は川西市唯一の古墳で、市の文化財

に指定されて大切に保存されています。


場所は、前紹介の八坂神社の参道、一の鳥居を過ぎた

右側の山中にあります。


(画像は、クリックで拡大してください)





ご参考  : 川西市 火打 二丁目 16

       阪急川西能勢口駅下車 阪急バスにて勝福寺前下車 西に上がる

       または、川西能勢口駅より、北へ 徒歩15分

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川西市の鴨神社は加茂遺跡の中心だった


先に紹介の「鴨神社」を中心とした加茂遺跡の内容と

遺物が、文化財資料館に展示されております。


加茂遺跡は、川西市南部に位置し、東側を流れる猪名川を

見下ろす、標高40mの台地にある旧石器時代から平安時代

の集落遺跡です。


明治44年、台地の東側崖下から銅鐸(最後の写真)が偶然

出土し、大正時代には「鴨神社」周辺での、弥生土器や石器の

散布が報告され、遺跡の存在が明らかになりました。


近年の発掘調査で、弥生時代中期には、東西800m、南北

400m(約20ヘクタール)の近畿内有数の大集落であったことが

明らかになりました。


平成12年に鴨神社境内地と周辺の一部が国の史跡に指定されました。


川西市文化財資料館には、出土した一部が展示されております。



資料館 所在地 :川西市南花屋敷2−13−10  TEL072-757-8624

         阪急電鉄 川西能勢口駅 阪急バス 阪急伊丹行き 南花屋敷下車 3分

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