神社巡り、尼崎市

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尼崎市、常光寺(じょうこうじ)皇大神社(こうたいじんじゃ)のご紹介です。


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御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の東部、神崎川の西岸の常光寺地区に鎮座されております。


地名の由来は、弘法大師が建立した「浄光寺」にちなむとされています。

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「浄 光 寺」、真言宗別格本山で、弘法大師が建立。
南北朝の時代には、北朝側の城として、利用されました。


ご  祭  神


天 照 皇 大 神 (あまてらすおおみかみ)


応 神 天 皇 (おうじんてんのう)



ご  由  緒


天長元年(825)に、弘法大師(空海上人)が浄光寺を創建の際に、

勧請されました。


正平年間(1346−1370)に「浄光寺城」が築かれました。

その後、天正七年(1579)織田信長が伊丹城を攻略の際に、

浄光寺城も攻めに遭い、城の守護神である当社も焼失しました。


のち、元禄十三年(1700)に社殿が再建され、当時の本殿、北の鳥居は

現在に至っております。


大正二年(1913)八幡神社が合祀されています。



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表を走る県道41号線、浄光寺と当社は分断されました。

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大鳥居と社号標、

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標柱と社殿

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拝殿内部、奥に見える本殿が、元禄十三年(1700)に建築されたご本殿です。

覆屋におさまっておりますが、正面に4本の柱が立つ、いわゆる三間社(さんげんしゃ)の

流造(ながれつくり)屋根は銅板葺です。


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本殿の覆屋(おおいや)です。

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北の鳥居、元禄十三年、310年前に建立された鳥居です。
震災にも耐えてきました。

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狛犬、吽像、花崗岩製です。刻銘不詳。

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狛犬、阿像、

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境内社、天満宮、愛宕大神、弁財天、の三社相殿です。


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稲荷社、火迦具土大神が祀られております。

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常光寺幼稚園が境内に併設されています。



ご参考   :尼崎市 常光寺 一丁目 18−14

       市バス 常光寺停留所で下車 北え4分

尼崎市、今福(いまふく)八幡神社(はちまんじんじゃ)のご紹介です。



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地図 (拡大してご覧下さい)

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花崗岩の狛犬、吽像、文化13年(1816)の刻銘

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由緒板、



御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の南東部、今福地区に鎮座されています。

武庫(むこ)平野の東部で、神崎川の西岸沿いで、

地名は、もと、賜姓(しせい)であった、「今福」がのちに地名となったそうです。


ご  祭  神


応  神  天  皇(おうじん てんのう)



ご  由  緒


神社誌には、

「創立年月不詳、明治六年八月村社に列せられる。」と記載されています。


中世の頃(13世紀)正応二年(1289)菩薩戒会(ぼさつかいえ)頭役差定には、

宝樹預の神事の頭役に、「今福御綱引き神人、藤次郎」の名があるそうです。(大阪府史3)

そして、石清水八幡宮に属する、「神人(じにん)」がいたとされ、この今福は、

石清水八幡宮の支配が及んでいたと考えられています。(日本地名大辞典28兵庫県)


二千六百年記念に改築された拝殿、本殿などは、大震災で倒壊し、

現在は仮拝殿となっています。


境  内  社


境内に、「服部稲荷大明神」が祀られています。




ご参考   :尼崎市 今福2丁目 11−31

       阪神バス 左門殿橋停留所 下車  北え100m

尼崎市、梶ヶ島(かじがしま)住吉神社(すみよしじんじゃ)のご紹介です。



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      (クリックで拡大してご覧ください)


御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の最南東部、梶ヶ島(かじがしま)地区の住宅地の

中に鎮座されています。


この梶ヶ島(かじがしま)の地名は、神功皇后が率いる船団の一部が、

この地に停泊した際、船の舵(かじ、梶)を用いて、御神像を三体彫刻し、

奉斎しました。

それ以来、この地を「梶ヶ島」と名づけられたそうです。



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社号標と鳥居ですが、放置自転車が陣取っています。

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この石鳥居には、宝暦四年(1754)の刻銘があります。

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拝殿は、仮拝殿の感じですが、戦災にて全焼し

昭和40年に再建されました。


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ご本殿も同じく戦災で全焼し昭和40年に再建されました。

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標柱(しめばしら)

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手水鉢、井戸側の中は埋められています。


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石灯籠は、元文四年(1739)五月の刻銘があります。

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狛犬、吽像、花崗岩で古いようですが、刻銘不読

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狛犬、阿像、



御  祭  神


底 筒 男 命(そこ つつの みこと)

中 筒 男 命(なか つつの みこと)

上 筒 男 命(うわ つつの みこと)

神 功 皇 后(じんぐう こうごう)



底 筒 男 命(そこ つつの みこと)、中 筒 男 命(なか つつの みこと)、

上 筒 男 命(うわ つつの みこと)を、住吉三柱(すみよし みはしら)の

神様と呼ばれています。

そして、「海の神」「禊(みそぎ)お祓いの神」として信仰されて」きました。


ご   由   緒


神社誌には、「創立年月不詳、明治六年八月、村社に列せられる。」と

記載されていますが、社伝によると、創始は三世紀はじめといわれています。




ご参考   :尼崎市 梶ヶ島 15−1

       阪神 杭瀬駅 北東へ80m

尼崎市、杭瀬(くいせ)熊野神社(くまのじんじゃ)のご紹介です。



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       (クリックで拡大してご覧下さい)


御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の南東部、杭瀬地区の街中に鎮座されています。

当初は、旧杭瀬村の氏神さまとして、集落から離れて北方に位置して

いましたが、国道2号線や昭和初期の区画整理などにより、現在では

街中となってしまいました。


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入口付近は、遊興娯楽店があり、自転車が多いようです。


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鳥居です。

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北側の入口の標柱(しめばしら)です。国道2号線に面しています。


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参道と境内


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拝殿の正面です。鉄筋コンクリート建てです。


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手水舎


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説明書き






ご  祭  神


天 児 屋 根 命(あまの こやねの みこと)

素 盞 鳴 命(すさのお の みこと)

応 神 天 皇(おうじん てんのう)


ご  由  緒


神社誌には、

「創立年月不詳。 明治六年八月村社に列せられる」

とのみ、記載されています。


ご  本  殿


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ご本殿は、「一間社(いっけんしゃ)流れ造り」で、

屋根は薄い桧の皮を重ねて葺いた「桧皮葺(ひわだぶき)」です。

正面の「向拝(こうはい)」中央の蟇股(かえるまた)は「牡丹」が彫刻されています。

また、「身舎(もや)」(建物本体のこと)の蟇股は「鶴と松」、

左側面は、「鶉(うずら)に蒲(がま)の穂」、

右側面は、「梅と鶯」、 背面に「虎に竹」が彫刻されています。


建築年代は、各種部材の様式から、18世紀中ごろの建物と考えられる。

(尼崎文化散歩「尼崎の神社・寺院建築」尼崎教育委員会編より引用)


また、当社の説明札には、元和年間(1615〜1624)に造営と

書かれております。


境  内  社


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社殿の西側に、稲荷神社が祀られています。

ご祭神は、受 持 神(うけもちのかみ)です。



ご参考   :尼崎市 杭瀬本町 一丁目 9−36

       阪神 杭瀬駅下車 北にすぐ

尼崎市、初嶋大神宮(はつしまだいじんぐう)のご紹介です。


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(クリックで拡大してご覧ください)


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きれいに区画整理され築地地区の東端に境内整備されています。


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南面に向かってそびえる神明大鳥居です。
震災にて破壊されたため、新しく鋼管、鋼板で製作されました。



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鳥居の両側の常夜燈は、京都御所に生魚を納めていた、尼崎仲買商仲間が
文化年間(1804〜1818)に寄進したものだそうです。



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拝殿は大震災で倒壊し、復興されて間がないため美しく、檜の香りが漂っています。

蟇股(かえるまた)、木鼻(きばな)、兎毛通(うのけとうし)等の彫り物は
元の社殿の物を組み込まれております。


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拝殿の背面には、幣殿とその奥には本殿えと、つながっています。


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ご本殿です。両脇には、木彫りの狛犬がお守りされています。

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立派なご本殿です。震災にて損傷がありましたが、修復されました。
石灯籠は、正徳二年(1712)、延享二年(1745)の刻銘があります。

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手水舎、震災で倒壊、新しく再建されました。


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境内社、天満宮です。


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境内社、金比羅宮です。


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境内社、荒神社です。



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境内社、八剣大明神です。


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幣殿前の狛犬、吽像です。 寛延三年(1750)六月の刻銘があります。

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同じく狛犬阿像です。


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由緒です。クリックで拡大してご覧ください。


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伊勢神宮、下賜された大鳥居の笠木です。これも震災にて柱が破損したため
笠木が保存されております。


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伊勢神宮より大鳥居が下賜され、竣工報告祭の記念写真です。


御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の南部、築地地区に鎮座されております。

この辺りは、尼崎の昔の面影が残る街並みであった所ですが、

大震災による液状化で地盤が最大2メートルも沈み、壊滅的被害を被り、

全戸破壊し、その後区画整理を行い見事に再生されました。



ご  祭  神


天 照 皇 大 神(あまてらす おおみかみ)



ご  由  緒


創祀は正和年間(1312〜1317)といわれています。


『尼崎誌』は、近江坂本の日吉神社に属する一社が尼崎に祀られ、

のちの別所町と別所村に分社。


別所町南浜(現東本町4丁目)の初島恵比須が築地開発にともない

寛文6年(1666)現在地に移築されたとしている。


享保年間のころ初島恵比須を初島太神宮と改称された記録もあり、

社名の変遷は種々に及ぶ。 といわれております。



伊勢神宮の大鳥居が下賜(かし)されました。


昭和48年に伊勢神宮第六十回式年遷宮を記念して、

伊勢神宮の第二鳥居が当神社に下賜されたそうです。


第二鳥居とは、内宮の参道、神楽殿の手前にある大きな鳥居です。


ところが、大震災で柱が損傷、やむなく笠木と柱の一部を保存して、

現在の鋼鉄製に取り替えました。




ご参考  :尼崎市 築地南浜 1丁目19

      阪神尼崎駅  南へ徒歩10分
      

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