神社巡り、尼崎市

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尼崎市、友行(ともゆき)須佐男神社(すさのおじんじゃ)のご紹介です。



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御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の北西、武庫地区の旧友行村、現在の武庫之荘八丁目に

鎮座されております。

周囲は住宅が密集して、北側には山陽新幹線が走っています。


御  祭  神


須 佐 男 命 (すさのお の みこと)

大 国 主 命 (おおくにぬし の みこと)



ご  由  緒


社伝によれば、天平年間(729〜749)行基菩薩が、猪名野笹原を

開墾された折に、時友村の地に集落を形成、鎮守の神として、須佐之男命を

祀り、同時に観音仏を祀る「常法寺」を建立、神宮寺として奉祀されたことに

始まるそうです。

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馬場先、小さな太鼓橋が残されております。

両側の常夜燈は民家の敷地に入り込んだようになっています。

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参道鳥居です

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入口の石灯籠には、元文四年(1739)の刻銘があります。

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拝殿

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拝殿の内部です。奥に見えるのが、ご本殿です。

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ご本殿です。

一間社(いっけんしゃ)流造(ながれつくり)で、正面の軒には

唐破風(からはふう)を付け、屋根は柿葺(こけらぶき)です。

正面の向拝中央の蟇股(かえるまた)は、「馬に松」が彫刻されています。

この写真では分かりませんが、建物本体の蟇股には、阿弥陀如来、薬師如来、

弥勒菩薩を表す「凡字」が刻まれているそうです。

これは珍しいですが、昔の神仏習合がうかがわれます。

部材の様式から、17世紀中頃から後半ごろの建物といわれています。

拝殿には、宝暦十二年(1762)の棟札が残されているそうです。

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本殿の覆屋です。白壁が印象的です。


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狛犬の吽像です。台石には、文化十三年(1816)の刻銘があります。

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狛犬の阿像です。





ご参考     :尼崎市 武庫之荘 8丁目21−28

         市バス  友行停留所下車  北に200m

尼崎市、武庫庄(むこしょう)須佐男神社(すさのおじんじゃ)のご紹介です。



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御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の北西、武庫庄地区の武庫之荘4丁目に鎮座されております。

旧武庫庄村で集落とは少し離れていましたが、最近では、住宅が建ち並んでおりますが、

周辺にはまだ一部畑が残されています。


御  祭  神


須 佐 男 命 (すさのお の みこと)



ご  由  緒



当社の創始も西、東、須佐男神社と同じく、永保年間(1081〜1084)京都の祇園

から牛頭天王(ごずてんのう)を勧請して建立されたのではないかと考えられます。


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境内の両側は畑です。

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両側の石灯籠は天保十年(1839)の刻銘があります。

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拝殿

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拝殿の内部です。奥に見えるのが、ご本殿です。

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ご本殿の覆屋です

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ご本殿の正面です。詳しくは分かりにくいですが、

一間社(いっけんしゃ)春日造り(かすがつくり)と呼ばれる形式で、

正面の軒は、唐破風(からはふ)になっています。

屋根は、柿葺(こけらぶき)と言って、薄い板で葺かれています。

蟇股(かえるまた)には細かい彫刻が施されています。

部材などから17世紀〜18世紀初め頃の建築と考えられています。

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狛犬の吽像です。文政二年(1819)二月の刻銘があります。

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狛犬の阿像です。




ご参考     :尼崎市 武庫之荘 四丁目32−23

         市バス  武庫庄停留所下車  北西
皆 様 に お 詫 び を 申 し 上 げ ま す。



現在尼崎市の神社をご紹介中ですが、遅々として進まず、大変遅れております。

何度もご訪問戴きましても、神社紹介が更新されていないのでご迷惑をお掛けいたしておりました。

まだ、尼崎市の半分33社が残されていて、このペースでは年内には終りそうにもありません。

そこで、気合を入れ直してピッチをあげ、頑張って掲載を続けていきますので宜しくお願いします。

なお、当分の間、神社紹介は、コメント不可とさせて戴きますので、ご了承戴きますようお願いします。





尼崎市、常吉(つねよし)須佐男神社(すさのおじんじゃ)のご紹介です。



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御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の北西、武庫地区の常吉(つねよし)1丁目に鎮座されております。

元は常吉の西の端、武庫川沿い(字常吉弐番地)に鎮座していましたが、尼崎市で初めて

の大きな団地(西武庫団地)が建設されるに当たり、昭和三十七年、現在の場所に移転し

ました。


常吉の地名の由来は、この地を開発したのが常吉と呼ぶ人物であったのではないかと

云われております。

武庫地区では、数少ない、昔の地名が残されている一つでもあります。


御  祭  神


須 佐 男 命 (すさのお の みこと)



ご  由  緒



当社の創始も西、東、須佐男神社と同じく、永保年間(1081〜1084)京都の祇園

から牛頭天王(ごずてんのう)を勧請して建立されたのではないかと考えられます。

昭和三十七年前述の通り移転され、社殿の改築が行われました。

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鳥居の前は広場になっています。

この辺りの神社でこれだけの敷地のあるのは珍しいことですが、

何か特別な経緯があるのかも知れません。

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鳥居は、三十七年移設時に新しく奉納されています。

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参道、標柱です。宣揚文は刻まれておりません。

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拝殿は移転時に改築されたものです。

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拝殿の内部です。奥に見えるのが、ご本殿です。

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ご本殿の覆屋です。

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境内。

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境内社の稲荷神社です。

石鳥居は安永三年(1774)の刻銘がありますから、移転の際に

こちらに移設されたものと思われます。

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狛犬の吽像です。新旧並んでおりますが、

拝殿よりの新しいのが、昭和三十七年移転時のもので、

その前は砂岩製の古い物で、台座には天保三年(1832)三月の

刻銘があります。

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阿像です。

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傷付いて痛々しいですが、古くても廃棄せずにきちんと並べて

保存されているのが、大変うれしく思われます。

当時の関係各位のお計らいに感服いたします。



ご参考     :尼崎市 常吉 1丁目22−9

         市バス  常吉停留所下車  北東にすぐ

尼崎市、東武庫(ひがしむこ)須佐男神社(すさのおじんじゃ)のご紹介です。



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御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の北西、武庫之荘地区の武庫元町、前回ご紹介の「西須佐男神社」の

東側の道を挟んですぐ東に鎮座されております。


御  祭  神


須 佐 男 命 (すさのお の みこと)



ご  由  緒



当社の創始も西須佐男神社と同じく、永保年間(1081〜1084)京都の祇園から

牛頭天王(ごずてんのう)を勧請して建立されたと伝えられています。


社 殿 、鳥居な ど 震 災 で 全 て 倒 壊


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入口付近住宅が建て込んでおります。


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鳥居、震災にて倒壊し平成9年に再建されました

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標柱(しめばしら)の 「宣揚文(せんようぶん)」 は、 「国土安全」「万民悦楽」

個人の方が奉納されたようです。


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拝殿、平成9年に再建されました。

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本殿の覆屋、(同上)

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境内社、拝殿の右側が愛宕社、左には稲荷社が祀られています。

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手水舎、

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震災の記念モニュメント。倒壊した石造物や社殿の瓦。


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狛犬、吽像

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狛犬、阿像




ご参考     :尼崎市 武庫元町 1丁目12−13

         市バス  東武庫停留所  すぐ東
皆 様 に お 詫 び を 申 し 上 げ ま す。

現在尼崎市の神社をご紹介中ですが、遅々として進まず、大変遅れております。
何度もご訪問戴きましても、神社紹介が更新されていないのでご迷惑をお掛けいたしておりました。

まだ、尼崎市の約半分が残されていて、このペースでは年内には終りそうにもありません。
そこで、本日より気合を入れ直して、頑張って掲載を続けていきますので宜しくお願いします。

なお、当分の間、神社紹介は、コメント不可とさせて戴きますので、ご了承戴きますようお願いします。



尼崎市、西武庫(にしむこ)須佐男神社(すさのおじんじゃ)のご紹介です。



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御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の北西、武庫之荘地区の武庫元町に鎮座されております。

武庫川右岸に広がる住宅地に隣接しております。西側には大きな団地(パークタウン西武庫)

等が広がっております。

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御  祭  神


須 佐 男 命 (すさのお の みこと)



ご  由  緒



当社の創始は、永保年間(1081〜1084)京都の祇園から

牛頭天王(ごずてんのう)を勧請して建立されたと伝えられています。


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入口の大鳥居、震災で倒壊した。平成11年に復興。


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参道、きれいに整備(今年の6月3日撮影)
整備される前との比較、見違えるようです。
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同じ参道(2008年3月12日撮影)

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拝殿です。震災にて、本殿、拝殿、などことごとく倒壊しました。

鉄筋コンクリートで、平成11年12月、再建復興されました。


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本殿覆屋です。

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拝殿内部、奥にご本殿が納められています。

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十三重の塔です。鎌倉後期の花崗岩製で、兵庫県指定文化財です。

伊派の名石工、行恒の作品といわれています。

震災にて倒壊しましたが、その際に塔身が盗まれました。

現在の物は代替品です。


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盗まれた塔身には、4面に仏像などが彫られていました。

これがその拓本の写真です。


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入口の常夜燈の石段です。

上部に盃状穴が穿かれています。

この石段と灯籠は別々のようです。灯籠の竿には、天保六年(1835)の刻銘があります。

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大小各1個のきれいに穿かれた盃状穴です。


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境内の観音堂です。

内部正面には事の外、立派な厨子に観音立像が納められております。

前に建っている石灯籠には、元禄弐年(1689)の刻銘があります。




ご参考     : 尼崎市 武庫元町 2丁目9−2

          市バス 東武庫下車  西にすぐ

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