神社巡り、尼崎市

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尼崎市、水堂(みずどう)須佐男神社(すさのおじんじゃ)のご紹介です。



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御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の西部、水堂地区の民家の建ち並ぶ中に鎮座されています。

水堂の地名の謂れについては、よく解っていませんが、水場でお堂があった

のではないかと推考されています。

また、当社の境内地は、全体が、前方後円墳(水堂古墳)となっています。



御  祭  神



須 佐 男 命 (すさのおのみこと)



御  由  緒


神社誌には、創立年月不詳、

明治六年八月、村社に列せられる。とありますが、

境内の、神社説明書には、

創始は、天正三年(1575)と伝えられているそうです。

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説明札、(右下クリックで拡大してご覧下さい。)

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鳥居の前の石柱は、破損した古い鳥居の柱で、

元禄十二年の刻銘があります。


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拝殿は、大震災で倒壊し、平成10年に再建されました。

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拝殿の内部


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本殿は、大正六年に再建されたもの。


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拝殿の天井画です。、(右下クリックで拡大してご覧下さい。)

万葉の草花が描かれております。

日本画家の鈴木靖将氏によって描かれたものです。


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手水舎、震災で倒壊し、平成十年に再建されました。

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4本の柱の銅板のハカマには、草花の彫刻が施されています。

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手水鉢、上面には「盃状穴(はいじょうけつ)」が穿かれています。


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狛犬、吽像です。青みがかった砂岩は、「和泉砂岩」と思われます。

台石には、寛政□年九月吉日とも読み取れる刻銘があります。

当社の説明札には、室町時代とも記されております。


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狛犬、阿像です。


その他境内には美しい花の数々が植えられており、

特に春先には境内周囲が美しく飾られています。

   *******************************

2010.08.05.訂正

 当ブログの師匠とも云えるお方「Nobikitoさん」からご指摘を戴きました、
 当社の社名が間違って記載をしていましたので、お詫びの上、訂正をさせて頂きます。

  「須 佐 之 男 神 社」は誤りで、正しくは、「須 佐 男 神 社」です。



ご参考    :尼崎市 水堂町 1丁目 25−7

JR立花駅  西に700m

尼崎市、大島神社(おおしまじんじゃ)のご紹介です。


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御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の西部、大庄地区の住宅の混み合った中に

広々とした境内地に鎮座されています。


ご  祭  神


主祭神  素 盞 鳴 命 (すさのお の みこと)

配祭神  天照大神、  天津児屋根命、  市杵島姫命

     応神天皇、  底筒男命、   蛭子命



ご  由  緒


平安時代、荘園制度が盛んとなり大島荘もその一つに数えられ、

その中の今北、東大島、西大島の総鎮守神として

「大島神祠」の四文字が『攝津志』に記録されているそうです。

延宝二年(1674)二月、社殿の建替えの棟札があるそうです。


社殿は、西向きで珍しいですが、氏子地域のほぼ東の端に位置し、

氏子地域が殆ど神社の西側にあります。


明治初年ころまで「あばれ川」や「人喰い川」などと恐れられてきた

武庫川の氾濫を防ぐ「西向きの鎮守さま」といって崇敬されてきたという

説があるようです。


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社殿は、昭和44年に再建されました。


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境内社、稲荷社


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手水舎  元禄三年(1690)奉納の手水鉢です。


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狛犬、吽像 宝暦六年(1756)の刻銘があります。


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狛犬、阿像 


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クスノキの大木、2008年1月に撮影したものです。

道路に覆いかぶさっていました。


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尼崎市の保存樹木に指定されていましたが、周辺に危険を及ぼすと

考えられたのでしょうか、伐採されて大きな切り株が残っております。



ご参考    尼崎市大庄北一丁目25−21

       市バス 東大島 下車  北東に5分

尼崎市、琴浦神社(ことうらじんじゃ)のご紹介です。


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御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の西南部、大庄地区の琴浦町に鎮座されています。

南には、センタープール(尼崎市競艇場)があります。


琴浦の地名は、この神社のある付近だけ小高くなっており、

海岸の景色がよそより優れているという意味の異浦とも呼ばれていた。

境内には、標高0.2276mの一等水準点があります。(標高単位を訂正)


御  祭  神




融大臣(とおるだいじん)

融大臣は、嵯峨天皇の代十二皇子で平安前期の左大臣です。


ご  由  緒


「攝 陽 群 談」には、次のとおり記されております。

琴浦社武庫郡東新田村に在り。

源融公此塩浜に潮を引き、なづけて琴浦の古跡となる。

貞観年中に融公の社とし、村民琴浦明神と称す。


当社に奉納されている絵馬(尼崎市教育委員会調査報告書第20集)
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絵馬 「源融六条河原院の図」


嵯峨天皇の代十二皇子で平安前期の左大臣である源融公は、

琴が浦で日々汲ませた潮を、邸宅の京都六条の河原院に運ばさせ、

塩を焼かせた由緒により御祭神として祀られている。


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尼崎競艇が開催されている日は、多くの人が行き交います。


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すぐ前に、市バスの停留所があります。

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大鳥居です。

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社殿は鉄筋コンクリート造りです。

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拝殿内部

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狛犬、吽像、花崗岩製です。


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狛犬、阿像


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手水鉢



ご参考  :尼崎市 琴浦町 21

      市バス 琴浦神社停留所

尼崎市、西・素盞鳴神社(にし・すさのおじんじゃ)のご紹介です。


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地図


御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の西端、大庄地区の武庫川左岸の堤防沿いで、

武庫川橋たもとに、鎮座されています。


この辺りは、他の地区よりも遅く開発され、西新田と呼ばれていました。




ご  祭  神


素 盞 鳴 尊 (すさのお の みこと)



ご  由  緒


創始については不詳ですが、

地元には、次のような伝説があるそうです。


永禄年間(1558〜1570)の川中島合戦の難を

この地に避けた衆が、「乾の方に霊威あり、宜しくもって祀れよ」

との神託があり、早速探したところ不思議な青石があった。

之こそ御神体であろうと、奉祀したのが創祀の始まりといわれています。


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鳥居には、元文三年(1738)、境内の石灯籠には寛保二年(1742)の

の刻銘があります。


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拝殿正面です。

この社殿は、大正三年(1914)に再建されたもので、

屋根は瓦葺だったのですが、平成四年に銅板に葺き替えられました。

そして、軽量になったので、建物の下部内側に、建築用「H型鋼材」を

敷設して建物とボルト締めがされています。

それが、何と!!。先見の明、的中で、3年後の阪神大震災で全く被害が無く

無傷ですみました。


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拝殿内部です。ご本殿の御扉は、四面ですが

主祭神、素盞鳴尊と配祭神、宇伽御霊命、気比姫大神、護国大神、が

お祀りされております。


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拝殿の向拝部分の、蟇股(かえるまた)、海老紅梁(えびこうりょう)

手挟(てばさみ)、などの彫刻類は、建築当時のもので簡単な物ではありますが、

尼崎市地区で残された数少ない物の一つでもあります。


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和泉砂岩製狛犬吽像

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狛犬、阿像です。


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明治27・28年の日清戦争時の戦役旗艦に載せられていた

錨を巻き上げる「KAPSTAN(ロクロ)」で、当社に

奉納されたものだそうです。


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鳥居を潜ってすぐ左側に、松の古木が保存されていますが、

年代などは分かっておりませんが、創建当時のご神木と

思われます。



ご参考    :尼崎市 大庄西町 1丁目41−25

        阪神武庫川駅下車  北に5分

尼崎市、道意神社(どい じんじゃ)のご紹介です。



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地 図


御  鎮  座  地


当神社は、尼崎市の南西部、道意(どい)地区の住宅地の中に鎮座されています。

阪神電鉄「尼崎センタープール前」の西南ですが、センタープールとは、

尼崎競艇場で、開催日には多くの人が集まる所でもあります。



ご  祭  神


素 盞 鳴 尊 (すさのおのみこと)


これから紹介の、この地区周辺は、素盞鳴命をお祀りしている

ところが多いようです。



ご  由  緒


創始は社伝によると、承応二年(1653)で、大阪海老江の道意翁(どいおう)が

当地を開拓し、明暦元年(1655)海老江村の牛頭天皇社を勧請しました。


寛文九年(1669)開拓新田は検地の結果、太布脇(たぶわけ)を道意新田(どいしんでん)

と改称されました。

古くは、牛頭天皇とも称されていました。

昭和十年に、中浜新田の素盞鳴神社を合祀しています。



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鳥居は延享二年(1745)に建立されています。

また、両脇の石灯籠は、天保十四年(1843)の刻銘があります。


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北側の入口付近です。


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この拝殿は昭和38年に新築されましたが、

中央は唐破風、左右に千鳥破風を配しています。

この辺りでは初めてで、珍しいですが他にあるのでしょうか。


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拝殿

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両側に回廊、幣殿につながっています。

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ご本殿は、平成14年10月に改築されました。

(この写真は松井宮司の立会いのもとで撮影をしたものです。)


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手水舎


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手水鉢は美しい清水が流されていました。

この辺りは手水鉢を鳥等が荒らすために、水が入れられて

いない所が多いようです。


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ご本殿の前を守る、木彫りの狛犬です。

製作年代は不詳ですが、創建間もなくからの物と

考えられているそうです。彩色がされております。

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同じく、木彫りの阿像です。


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拝殿前の青銅製の狛犬です。

神戸市、生田神社の青銅狛犬とよく似ていますが、

製作の際に、同じ物を作るようにと注文されたそうです。


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同じく阿像です。


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これは、神戸の生田神社の青銅狛犬です。(昭和34年1月後藤光行氏作)

真似をして作ったそうですから似ているのは当然ですが、

この元のモデルとなったのは、滋賀県の大宝神社に伝わった12世紀末の

木造狛犬で、現在、国指定重要文化財となり、京都国立博物館に所蔵されています。


一般に、石造で古代狛犬と云われているのが、この部類に入るものです。

岡崎型古代狛犬も同じです。



ご参考   :尼崎市 道意町 5丁目 17

       阪神電鉄  尼崎センタープール前駅  西に5分

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